偽りの姫は安らかな眠りを所望する
売り言葉に買い言葉。勢いで襟元の釦にかけたティアの片手が、ピタリと止まった。まんまと彼のイタズラに引っかかった自分が恥ずかしくなる。

「み、見せるわけ、ないじゃないですか!」

たった今くつろげようとしていた襟元を、今度はギュッと握り締めて固く閉じた。

「なぜ? 貧相だからって、今更驚かないから気にするな」

「失礼なっ! 見たこともないくせに」

もう遠慮なんか必要ない、とばかりに、ティアは思い切ってフィリスの手を取り払う。にやりと片方だけ口角を上げた笑みを浮かべる彼を、不審を込めて睨みつけた。

「直接見てはいないが、ティアの胸が寂しいことは、この館で初めて会った時から知っている」

「どうして……」

隠すように片腕で薄い胸を押さえ羞恥に顔を赤くしたティアは、彼と初対面した日のことを必死で思い出す。そんなみっともない姿を晒した記憶はないのだが。

「あ……。あの時?」

カッと顔に熱が集まる。床の上から見上げたティアの胸を突いたのは、姫の格好をしたフィリスだ。

「あの程度なら、詰め物をした私の方が立派だったな。……うわぁっ!」

くすくすと笑われたティアが、持ち上げた掛布をバサリとフィリスの頭に被せてしまった。
フィリスはもぞもぞと片手を動かし布から顔を出そうとする。
ティアと繋がっている手を離せば簡単なことなのにそれをしないから、布の下から現れた彼の頭は、絹糸のような髪が無残なくらいに乱れていた。

「いい加減、寝てください。セオドールさんのところへ軟膏を届けなければいけないんですから」

むくれて言うと繋いだ手に力が込められる。訝かしげな目を向ければ、それまでの勝ち気な光を湛えていた瞳が一変し、とろんとした甘やかな色で見返された。

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