偽りの姫は安らかな眠りを所望する
寝台に横になっている彼に覆い被さるように自分の顔を近づけると、硬く閉じた唇を微かに震えている瞼に静かに落とした。
掠めただけのほんの一瞬だったはずなのに、ティアの唇には確かにフィリスの肌の感触が残る。
くらくらと目眩がするほど激しく打つ脈をなだめながら、彼の耳元に、彼女の母親が毎晩必ずかけてくれた魔法の言葉を囁いた。
「おやすみなさいませ、フィリス様。よい夢を」
ゆっくりと身体を起こしたティアの顔の熱を、大きく開け放たれていた窓から吹き込んで来た夜風が冷ます。
離れた場所からも届く薔薇の香りが微かに含まれる涼しい風は、火照った頬には心地好いが、そろそろ閉めてしまわないとフィリスの身体に障る。
そう思って立ち上がろうとするが、それは不可能だった。
「フィリス様。手をお放しくださいませんか?」
控え目にかけた声の応えは沈黙で返された。
途方に暮れるティアだったが、規則正しく掛布を上下させ、穏やかな寝息を立てる彼を起こしてしまうのは忍びなく。
そっと片手を伸ばして掛布をしっかりかけ直し、乱れたままで彼の顔にかかる髪を除けてやると、僅かに身動ぎ眉間にシワが寄る。慌てて手を引くと、再び安らかな表情に戻っていく。
目を覚まして解放してもらいたい気持ちと、彼の睡眠を邪魔したくないという想いがせめぎ合い、結局ティアは後者を選んだ。
そのうち緩むだろうと、寝台の脇に腰を据えることにする。
室内の温度は夜が更けるにつれ緩やかに下がっていくが、指が絡まりしっかりと繋がれたまま片手だけは、全身の血が集まっているのではないかと思うほど熱い。冷えてきた身体をその熱で温めようと、頬を寄せる。
合わさるふたりの手から仄かに上るラベンダーの香りと熱が、次第にティアの意識も蕩けさせていった。
掠めただけのほんの一瞬だったはずなのに、ティアの唇には確かにフィリスの肌の感触が残る。
くらくらと目眩がするほど激しく打つ脈をなだめながら、彼の耳元に、彼女の母親が毎晩必ずかけてくれた魔法の言葉を囁いた。
「おやすみなさいませ、フィリス様。よい夢を」
ゆっくりと身体を起こしたティアの顔の熱を、大きく開け放たれていた窓から吹き込んで来た夜風が冷ます。
離れた場所からも届く薔薇の香りが微かに含まれる涼しい風は、火照った頬には心地好いが、そろそろ閉めてしまわないとフィリスの身体に障る。
そう思って立ち上がろうとするが、それは不可能だった。
「フィリス様。手をお放しくださいませんか?」
控え目にかけた声の応えは沈黙で返された。
途方に暮れるティアだったが、規則正しく掛布を上下させ、穏やかな寝息を立てる彼を起こしてしまうのは忍びなく。
そっと片手を伸ばして掛布をしっかりかけ直し、乱れたままで彼の顔にかかる髪を除けてやると、僅かに身動ぎ眉間にシワが寄る。慌てて手を引くと、再び安らかな表情に戻っていく。
目を覚まして解放してもらいたい気持ちと、彼の睡眠を邪魔したくないという想いがせめぎ合い、結局ティアは後者を選んだ。
そのうち緩むだろうと、寝台の脇に腰を据えることにする。
室内の温度は夜が更けるにつれ緩やかに下がっていくが、指が絡まりしっかりと繋がれたまま片手だけは、全身の血が集まっているのではないかと思うほど熱い。冷えてきた身体をその熱で温めようと、頬を寄せる。
合わさるふたりの手から仄かに上るラベンダーの香りと熱が、次第にティアの意識も蕩けさせていった。