偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「フィリス様は、あたしの髪や瞳の色をキレイだと言ってくれました。その言葉が、どれほど嬉しかったかお分かりになりますか?」

不思議そうにゆるりと瞼が持ち上げられる。それくらい、フィリスにとっては何気ないひと言だったのだろう。

「この国にきてからずっと、この色は魔の色なんだと信じてきました。父と母を亡くしたのもこれのせいかも、と考えたこともあります」

「だから、それは……」

「はい。迷信だとフィリス様が教えてくださいました。それまでは本当に嫌だったんです、この髪と瞳が」

後ろ指を指されるのを恐れて、極力伯爵家の外へ出ることを避けていた。鏡を見るのも嫌いだった。
ラルドがティアを精神的に閉じ込めるためについた嘘は、自分に自信が持てない内向的な娘をつくりあげることに成功する。

「でも、最近はちょっとだけ自信が持てるようになったんですよ。祖母があたしに遺してくれた香薬知識と、フィリス様の言葉で」

ティアは顔を上げ、まっすぐにフィリスの瞳と対峙する。これまでなるべく他人と合わさないようにしていた瞳の色は、不幸を呼ぶ魔の色ではなく、安息を与える夜の色だと教えてくれた人の瞳と。

「もちろん物や行動で厚意に応えることも間違いじゃありませんし、そちらの方が良い場合もあるのでしょう。でもたった一言が、なにものにも代え難い宝物になることもあるんですよ?」

「言葉が、宝物?」

訊ね返した彼に頷いて応える。ティアの中で、彼からもらった言葉は、どんな宝石よりも輝いていた。

「だからもし、誰かに感謝の気持ちを伝えたいのでしたら、まずは言葉を贈ってみてください。たいていの場合それだけで嬉しいものなんです。少なくとも、ここのみんなはそのはずですから」

「……そうか。そうだな」

ティアの微笑みに、フィリスの表情からも強張りがとれ、ようやく明るい笑顔を見せてくれる。

「では明日は、日頃旨い食事を作ってくれるバリーにパンの焼き方でも教わり、皆に振る舞うことにしよう」

「え? なんでそうなるんですか」

本気とも冗談ともつかない声音にティアが吹き出す。彼が粉まみれで生地をこねる姿はきっと、どんな凄腕の料理人でも敵わないと思った。
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