偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「では、これで失礼します」

「もう行ってしまうのか? 私はまだ眠くないぞ」

片づけも終わり退室しようとしたティアをフィリスが引き留めようとするが、その目はしばしばと瞬きを繰り返している。今夜も温かい香茶と焚いた精油がよく効いているらしい。

「これからコニーさんと約束があるんです」

ただでさえ、フィリスの突拍子もないもてなしに付き合っていたため時間がおしている。

「こんな時刻にか?」

「女の子には女の子の付き合いがあるんです」

堪えられなかった欠伸をかみ殺しながら不服そうな声を出すフィリスに掛布をかけ、無理矢理寝かしつけていると、母親にでもなった気分になってしまう。苦笑いしたティアの手が、「じゃあ」と甘えた視線を向けるフィリスに握られドキリとさせられる。

横になり、催促するように目を閉じるが手を解いてはくれない。これはその……、そういうことだろうか。

ティアは顔を赤らめて躊躇うが、このままでは昨夜の二の舞になってしまう。
一旦目を閉じ、深呼吸して忙しなく動き出した心臓を落ち着かせると、ティアはゆっくり腰を屈めた。昨日と同じく顔を近づけていくと、突然ぱちりと瞼が開く。
動きと一緒に息まで止まったティアの頬に、柔らかく温かなものが一瞬押し当てられて離れていく。

ぽすんと頭を枕に沈めたフィリスの瞼が、再び静かに下ろされた。

「おやすみ、ティア。ありがとう」

「……おやすみ、なさい」

微かに熱と感触の残る頬を解放された手で押さえて、なんとかそれだけは言葉にする。

正直そのあとは、どう厨房まで戻ってきたのかさえ覚えていなかったが、ティアが我に返った頃には後片付けがいつも通りキレイに済んでいた。

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