偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「……コニーさんのところへ行かなくちゃ」

なんの用事があるのかはわからないが、夕飯時にも念を押されている。しっかり床に着いていないようなふわふわとした気持ちと足取りで、彼女の部屋を目指した。

バタンと扉の閉まる音がして、これから訪ねる予定の部屋から出てきた人影が、ティアとは別の方向へ歩いて行く。その見覚えのある後ろ姿に、声をかけようか迷って止めておく。

今閉じられたばかりの扉を叩くと、すぐに応答があった。

「すみません、遅くなってしまって」

「大丈夫よ。どうせまだ眠れないし」

その言葉を裏付けるように、彼女の服装もまだ昼間と同じ。作業場も兼ねている部屋はティアが与えられているものよりも広く、大きな作業机が置かれているが、今は布地や裁縫道具にほとんどの場所を占領されている。それを少しだけ脇に除けて椅子を置き、ティアの場所を作ってくれた。

「あれ、この匂いって……」

部屋の中に仄かに残るラベンダー。声に出してしまってからその原因に思い当たり、ティアは気まずさを感じて口をつぐむ。

「さっきまで、セオドールが来ていたのよ。あら、外で会わなかった?」

コニーの方から事もなげに告げられて、ティアはどう答えて良いものかと曖昧な笑みで返した。ゴソゴソとなにか捜し物をしながら彼女は続ける。

「手の包帯を自分じゃ巻き直せないからってね。ほら、年寄り連中はもう寝ちゃったみたいだし~」

更に、どうしてあんな火傷をしたのかしらとか、軟膏がいい香りだから自分も欲しいなどと、軽い口調で話すものだから、邪推した自分が恥ずかしくなった。だがティアが片付けをしていた時、まだカーラが起きていたと思うのだが。ふと沸いた疑問は、「あった!」というコニーの底抜けに元気な声で吹き飛ばされる。

布の端布らしきものを手にした彼女は、机の上に鏡を移動させてティアの後ろに立つと、濃紺の髪を結っていた紐を解いてしまった。
慌てて振り返るティアの頭に、ふわっとなにかが乗せられる。

「うん。やっぱりこっちの色の方が似合うかなあ」

訳がわからず正面の鏡を覗くと、繊細なレースで縁取りされた薄紫色をした幅広の布が、自分の髪に当てられていた。コニーはそれを脇に置くと、今度はティアの髪を梳き始めてしまう。

「あの、コニーさん? いったいなにを……」

状況を訊ねたくて頭を動かすと、グイッと元に戻されてしまう。

「ほら、じっとしてて。鏡で私の手をよく見ておくのよ」

言われるまま、されるがまま、微動だにせずにいる間、コニーの小振りな手はひと時も休むことなく動いていて、ティアの髪を編み込んでいく。左右ふたつに分け編んだ髪を項付近で交差させてまとめ毛先を隠し、最後に先ほどの端布を飾って仕上げをした。
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