偽りの姫は安らかな眠りを所望する
慌ただしく片付けをして、真の主ともいえる伯爵家の子息を迎え入れる準備のために皆が館に戻っていく。ティアも、ラルドと目を合わすことなく隠れるようにして屋内に入ろうとしたのだが、呆気なく捕まってしまった。

「ティア。君も同席してくれるね?」

掴まれた手首からひやりと冷気が広がるような気がして息を呑む。たいして力は入れられていないのに、外すことのできない枷をはめられたような気がした。

「……あたしは、ただの使用人、ですから」

詰まる喉で答えると、ラルドは冷笑を浮かべ僅かに手の力を強める。

「僕はようやく名乗りを上げられた可愛い姪と、楽しくお茶をしたいだけだよ」

「そんなこと、信じられません」

以前までは見惚れていた微笑みも、彼の魂胆を知った今となっては胡散臭さしか感じられなくなっていた。
警戒心を露わにするティアに対し、ラルドは面白そうに冷めた笑みを深める。

「そういえば、君。この前、ウチで茶器を割ったんだって?」

ぎくりとティアの肩が跳ね、身体が強張る。翌日の朝は頭の中がほかのことでいっぱいで、その件まで気が回らなかった。

「あれ、母が伯爵家に嫁入りした時に持参したものだったんだよね。確か、先王陛下から祝いに下賜されたとか、なんとか……」

夏の名残の暑さから出るものではない汗が、ティアの背中を伝い落ちていく。弁償以前の問題だ。
青ざめたティアの顔を覗き込んで、ラルドは手首から離した手を形の良い顎に添え、わざとらしく考える振りをしティアを追い込む。

「別に、母の形見だからって特別な思い入れがあるわけじゃないけれど。……そうだな、こういうのはどう?」

拘束が解かれすでに自由の身であるのにその場から動くことができないティアは、どんな無理難題をふっかけられるのかと身構えた。

「香茶を淹れてくれる? 久しぶりに君のカモミール茶が飲みたいな」

「そんな、ことで、いいんですか?」

拍子抜けしてぽかんと口が開いてしまう。だが彼のことだ、なにか裏があるのかもしれない。くっと顎を引いて、挑むような目つきで了承する。

「わかりました。お持ちします」

ティアは仰々しい所作で一礼をすると、駆け足で館に向かっていった。

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