偽りの姫は安らかな眠りを所望する
午後の陽差しが差し込む談話室の大きな窓は開け放たれ、ほぼ外にいるのと変わらない爽やかな風が吹き込んでくる。だが、廊下へと続く重厚な扉は人払いがされ、固く閉ざされていた。
「ここにいる者たちに聞かれてはまずい話などないだろうが」
フィリスはひとり掛けの椅子の肘掛けに頬杖をつき、気怠げなため息を吐き出す。小さな机を挟んだ椅子に座るラルドが、長い脚を組み替えた。
「まあ、一応形だけは整えないと。この国の今後に関わるお話ですから」
そういう口調はあくまでも軽い。眉をひそめたフィリスが反論の口を開こうとした時、扉を叩く重たい音がした。
「どうぞ」
ラルドがあたり前のようにそれに応える。ゆっくりと開いた扉からおずおずと顔を覗かせたのは、お茶を運んできたティアだった。
「待っていたよ、ここへおいで」
子猫を呼ぶようにラルドが手招きする。午前中まではすこぶる良かったフィリスの機嫌は、急降下していた。
窓の外に広がる長閑な景色とは裏腹に、ぴりぴりとした気配をまとうフィリスの前で香茶を注ぐ。緊張を解きほぐす効果のある林檎に似た甘酸っぱい香りがふわりと立ち上ると、それに反応したフィリスの表情が心なしか和らいだように感じた。
カップに黄金色のはちみつを垂らしたところで、ふっと含み笑いが聞こえてティアは訝かしげに顔を上げる。その横から、ラルドが淹れたてのお茶を攫う。
「やっぱりティアは良い子だね。ちゃんと僕の好みを覚えていてくれる」
ついいつのも習慣で淹れてしまった香茶を目を細めて啜るラルドが、苦々しい思いでいるティアにも椅子を勧めた。
渋る彼女に「あの器は……」と脅しをかけるので、渋々ながら浅く腰を掛ける。
それほど貴重なものだったのなら、王都の伯爵邸にでも厳重に保管しておけばよかったのに。
ティアは顔をしかめてそう考え、ふと目線を下げた。ラルドの中にも、母親に対する確執が深く根付いているのかもしれないと思い至ったからだ。
俯くティアの視界に小振りの木箱が滑り込む。それはラルドが持参したもので、机の上を移動させたのだと知り首を傾げた。
「これは?」
「どうぞ。ティアのものだよ」
思わず手に取ってしまった箱は見た目よりもずしりと重く、蝶番で取り付けられた蓋の上面にはヘルゼント家の紋章が彫られている。ラルドに視線で訊ねると、頷きひとつで開けるように促された。
小さな軋みを立て蓋が開かれると、見覚えのある輝きに目が眩む。先日、ヘルゼント伯爵の屋敷でティアを飾った宝飾品の数々だった。
「ここにいる者たちに聞かれてはまずい話などないだろうが」
フィリスはひとり掛けの椅子の肘掛けに頬杖をつき、気怠げなため息を吐き出す。小さな机を挟んだ椅子に座るラルドが、長い脚を組み替えた。
「まあ、一応形だけは整えないと。この国の今後に関わるお話ですから」
そういう口調はあくまでも軽い。眉をひそめたフィリスが反論の口を開こうとした時、扉を叩く重たい音がした。
「どうぞ」
ラルドがあたり前のようにそれに応える。ゆっくりと開いた扉からおずおずと顔を覗かせたのは、お茶を運んできたティアだった。
「待っていたよ、ここへおいで」
子猫を呼ぶようにラルドが手招きする。午前中まではすこぶる良かったフィリスの機嫌は、急降下していた。
窓の外に広がる長閑な景色とは裏腹に、ぴりぴりとした気配をまとうフィリスの前で香茶を注ぐ。緊張を解きほぐす効果のある林檎に似た甘酸っぱい香りがふわりと立ち上ると、それに反応したフィリスの表情が心なしか和らいだように感じた。
カップに黄金色のはちみつを垂らしたところで、ふっと含み笑いが聞こえてティアは訝かしげに顔を上げる。その横から、ラルドが淹れたてのお茶を攫う。
「やっぱりティアは良い子だね。ちゃんと僕の好みを覚えていてくれる」
ついいつのも習慣で淹れてしまった香茶を目を細めて啜るラルドが、苦々しい思いでいるティアにも椅子を勧めた。
渋る彼女に「あの器は……」と脅しをかけるので、渋々ながら浅く腰を掛ける。
それほど貴重なものだったのなら、王都の伯爵邸にでも厳重に保管しておけばよかったのに。
ティアは顔をしかめてそう考え、ふと目線を下げた。ラルドの中にも、母親に対する確執が深く根付いているのかもしれないと思い至ったからだ。
俯くティアの視界に小振りの木箱が滑り込む。それはラルドが持参したもので、机の上を移動させたのだと知り首を傾げた。
「これは?」
「どうぞ。ティアのものだよ」
思わず手に取ってしまった箱は見た目よりもずしりと重く、蝶番で取り付けられた蓋の上面にはヘルゼント家の紋章が彫られている。ラルドに視線で訊ねると、頷きひとつで開けるように促された。
小さな軋みを立て蓋が開かれると、見覚えのある輝きに目が眩む。先日、ヘルゼント伯爵の屋敷でティアを飾った宝飾品の数々だった。