偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「元は姉のものだったんだから、君には受け取る権利がある」
「そんな……。頂けません」
パタンと宝石箱の蓋を閉じてラルドの前に押し返そうとするが、彼の手によって阻まれる。
「我が家にあっても使う人がいないものでね。もらってもらわないと困るんだけど」
「だったらあたしじゃなくて、ほかの方に差し上げればいいじゃないですか」
世間に疎いティアの耳にも、噂好きの使用人仲間から彼の浮き名は入ってきている。いくらでも贈る相手はいるだろう。拒絶にほんの少しの侮蔑を込めて軽く睨むと、ラルドは小さく肩を竦めた。
「姉上の遺した品をティアに持っていて欲しいっていうのは、ダメなのかな」
切なげに眉尻を下げられてしまっては、返答に窮する。それが彼の常套手段だとわかっていても、あの肖像画の中でこれらを身に着け微笑んでいた母の姿を瞼に浮かべると、無下に断ることができなくなってしまう。
ここにある分だけで一財産となる箱を前に、ティアはどうするべきか結論が出せずにいた。
「貰っておけばいいではないか。邪魔になるようなものでもないだろう」
ふたりのやり取りを静観していたフィリスが、つまらなそうに口を挟む。
「でも、こんな高価な物を受け取るわけには……」
フィリスは手を伸ばし箱の蓋を開けて中を確認すると一本の首飾り取り出し、なおも渋るティアの後ろに回った。
「伯爵家にとってはこのようなもの、たいした損失にはならない。それに、これはティアの胸元にあるのが一番似合う」
そう言ってティアの首に回されたのは、あの嵐の夜にラルドが口づけを落とした首飾り。それを知るはずもないフィリスが、ルエラの瞳と同じ色をした石に目を細める。ティアは冷たい石を握り締めた。
「わかりました。とりあえずお預かりします」
ラルドは満足そうに頷くと、次はフィリスに狙いを定める。
「それでは本題に移りましょう。フィリス殿下、ご決断をお聞かせ願えますか?」
ティアの肩に手が置かれる。斜め後ろを見上げると、硬い表情を浮かべるフィリスの顔があった。
「ーー王都へ行く」
予想していたこととは言え、彼自身の口から聞かされると複雑な思いがティアの中で渦を巻き始める。 ようやく手にしたと思った自分の居場所は、やはり永遠のものではなかったという現実に胸が苦しくなる。
だが、一呼吸置いて続けられたフィリスのひと言で、俯きかけていたティアの顔が上がった。
「そんな……。頂けません」
パタンと宝石箱の蓋を閉じてラルドの前に押し返そうとするが、彼の手によって阻まれる。
「我が家にあっても使う人がいないものでね。もらってもらわないと困るんだけど」
「だったらあたしじゃなくて、ほかの方に差し上げればいいじゃないですか」
世間に疎いティアの耳にも、噂好きの使用人仲間から彼の浮き名は入ってきている。いくらでも贈る相手はいるだろう。拒絶にほんの少しの侮蔑を込めて軽く睨むと、ラルドは小さく肩を竦めた。
「姉上の遺した品をティアに持っていて欲しいっていうのは、ダメなのかな」
切なげに眉尻を下げられてしまっては、返答に窮する。それが彼の常套手段だとわかっていても、あの肖像画の中でこれらを身に着け微笑んでいた母の姿を瞼に浮かべると、無下に断ることができなくなってしまう。
ここにある分だけで一財産となる箱を前に、ティアはどうするべきか結論が出せずにいた。
「貰っておけばいいではないか。邪魔になるようなものでもないだろう」
ふたりのやり取りを静観していたフィリスが、つまらなそうに口を挟む。
「でも、こんな高価な物を受け取るわけには……」
フィリスは手を伸ばし箱の蓋を開けて中を確認すると一本の首飾り取り出し、なおも渋るティアの後ろに回った。
「伯爵家にとってはこのようなもの、たいした損失にはならない。それに、これはティアの胸元にあるのが一番似合う」
そう言ってティアの首に回されたのは、あの嵐の夜にラルドが口づけを落とした首飾り。それを知るはずもないフィリスが、ルエラの瞳と同じ色をした石に目を細める。ティアは冷たい石を握り締めた。
「わかりました。とりあえずお預かりします」
ラルドは満足そうに頷くと、次はフィリスに狙いを定める。
「それでは本題に移りましょう。フィリス殿下、ご決断をお聞かせ願えますか?」
ティアの肩に手が置かれる。斜め後ろを見上げると、硬い表情を浮かべるフィリスの顔があった。
「ーー王都へ行く」
予想していたこととは言え、彼自身の口から聞かされると複雑な思いがティアの中で渦を巻き始める。 ようやく手にしたと思った自分の居場所は、やはり永遠のものではなかったという現実に胸が苦しくなる。
だが、一呼吸置いて続けられたフィリスのひと言で、俯きかけていたティアの顔が上がった。