偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「ただし、国王に会って、結婚の許可をもらいに行くだけだ。おまえとの、な――ラルド」
真っ直ぐな視線を向けられたラルドが、あからさまに眉をひそめる。
「どうあっても、そちらを選ばれるのですか」
険のある言い方には失望とも思える色も含まれていて、フィリスを冷淡に見つめ返す。
「伯爵家の後継のことなら妾を持てばいい。私の健康を理由にすれば、どこからも文句は出ないだろう。形だけの夫婦などいくらでもいるではないか」
「そういうことを言っているのではないのですがね」
呆れたふうに深々と嘆息すると、ラルドは「仕方がありませんね」とティアへ視線を動かした。唇の端だけの笑みを浮かべる。
「では、ティアにはイワン王子の元へ嫁いでもらうことにしましょう」
「なん……」
突然のことにティアが異論を唱えようとすると、肩にあったフィリスの手にグッと力が加わり、言葉ごと押さえつけられた。
ラルドの傍らへと回り込み机についた彼の手の勢いで、空のカップが揺れてカタカタと音を立てる。
「なぜだ? 彼女には関係のないことだ」
ティアの代わりにフィリスが食ってかかるが、ラルドは平然と冷笑を崩さない。むしろおかしそうに深めたようにも見え、ティアは寒気を覚えた。
「関係? 彼女はヘルゼント家に連なる娘ですよ? あなたが王になられる気がないと仰るのなら、次代の王となる人物に嫁がせたいと思うのは当然のこととではありませんか」
「あれはブランドルの……アイリーン王妃の子だぞ」
フィリスにとっては敵ともいえる家と、婚姻による結びつきを持とうというのである。フィリスが難色を示すのも無理はないとティアも思う。だが、彼女にとっての問題はそこではなくて。
「勝手に決めないでください。あたしは、誰とも結婚なんてしません」
椅子から立ち上がると、首飾りを外して机の上に叩きつけるように置く。美しい輝きを放つ宝石も、ティアには己を搦め捕る鎖にしか見えなくなってしまった。
真っ直ぐに扉を目指すティアに、ラルドが一連の言動はなかったもののように呑気な声をかける。
「ここでの仕事はもう終わりだよ、ティア」
扉にかけた手を止め訝かしげな顔で振り返る彼女に、ラルドは無茶苦茶な指示を畳みかけた。
「三日後、ヘルゼントの家に戻るように。これから未来の王妃となるための勉強をしなくちゃいけないからね。心配しなくても大丈夫。君ならきっとこの国一の淑女になれると僕が保証する。――そうだな。ダグラスに屋敷まで送るよう命じておこう」
「ですからっ!」
「髪型を変えたんだね。可愛いよ。……好きな人でもできた?」
反論を遮られただけでなく、まったく関係のない話の水を向けられたティアは虚を突かれ、無意識に動かしてしまった視線が見開かれたフィリスの目と合ってしまう。途端、彼女の頭に血が上り始める。
「関係ありません! しっ、失礼します!!」
かっと熱くなり真っ赤に染まった顔を不自然な方向に背け、退室の挨拶もそこそこに談話室から飛び出していた。
真っ直ぐな視線を向けられたラルドが、あからさまに眉をひそめる。
「どうあっても、そちらを選ばれるのですか」
険のある言い方には失望とも思える色も含まれていて、フィリスを冷淡に見つめ返す。
「伯爵家の後継のことなら妾を持てばいい。私の健康を理由にすれば、どこからも文句は出ないだろう。形だけの夫婦などいくらでもいるではないか」
「そういうことを言っているのではないのですがね」
呆れたふうに深々と嘆息すると、ラルドは「仕方がありませんね」とティアへ視線を動かした。唇の端だけの笑みを浮かべる。
「では、ティアにはイワン王子の元へ嫁いでもらうことにしましょう」
「なん……」
突然のことにティアが異論を唱えようとすると、肩にあったフィリスの手にグッと力が加わり、言葉ごと押さえつけられた。
ラルドの傍らへと回り込み机についた彼の手の勢いで、空のカップが揺れてカタカタと音を立てる。
「なぜだ? 彼女には関係のないことだ」
ティアの代わりにフィリスが食ってかかるが、ラルドは平然と冷笑を崩さない。むしろおかしそうに深めたようにも見え、ティアは寒気を覚えた。
「関係? 彼女はヘルゼント家に連なる娘ですよ? あなたが王になられる気がないと仰るのなら、次代の王となる人物に嫁がせたいと思うのは当然のこととではありませんか」
「あれはブランドルの……アイリーン王妃の子だぞ」
フィリスにとっては敵ともいえる家と、婚姻による結びつきを持とうというのである。フィリスが難色を示すのも無理はないとティアも思う。だが、彼女にとっての問題はそこではなくて。
「勝手に決めないでください。あたしは、誰とも結婚なんてしません」
椅子から立ち上がると、首飾りを外して机の上に叩きつけるように置く。美しい輝きを放つ宝石も、ティアには己を搦め捕る鎖にしか見えなくなってしまった。
真っ直ぐに扉を目指すティアに、ラルドが一連の言動はなかったもののように呑気な声をかける。
「ここでの仕事はもう終わりだよ、ティア」
扉にかけた手を止め訝かしげな顔で振り返る彼女に、ラルドは無茶苦茶な指示を畳みかけた。
「三日後、ヘルゼントの家に戻るように。これから未来の王妃となるための勉強をしなくちゃいけないからね。心配しなくても大丈夫。君ならきっとこの国一の淑女になれると僕が保証する。――そうだな。ダグラスに屋敷まで送るよう命じておこう」
「ですからっ!」
「髪型を変えたんだね。可愛いよ。……好きな人でもできた?」
反論を遮られただけでなく、まったく関係のない話の水を向けられたティアは虚を突かれ、無意識に動かしてしまった視線が見開かれたフィリスの目と合ってしまう。途端、彼女の頭に血が上り始める。
「関係ありません! しっ、失礼します!!」
かっと熱くなり真っ赤に染まった顔を不自然な方向に背け、退室の挨拶もそこそこに談話室から飛び出していた。