偽りの姫は安らかな眠りを所望する
頃合いを見計らい、午後の一時を彩るの香茶を用意し、バリー特製の焼き菓子を添えてフィリスの私室を訪れる。
扉の内側からコニーの元気な返答をもらって中に入ると、窓を背に立つフィリスにティアは何度も目を瞬かせた。

「どう? 私の自信作よ」

彼の横で得意気に豊かな胸を反らせるコニーは目に入らない。立ち止まったまま微動だにしないティアに、フィリスが照れくさそうに微笑んだ。

「やはり『姫』の姿の方が似合うか?」

「え? いいえっ!とてもよく……お似合いです」

正装に身を包んだフィリスはどこから見ても、王子としての風格を漂わせている。王女として初対面した時の凜とした佇まいはそのままに、青年らしい落ち着きが備わったように感じられた。
眩しささえ覚える姿にティアは目を細めたが、その格好をしている意味に辿り着いて視線を床に落とす。

「王宮に戻られるのですか?」

日中、館を周り歩いていたのは、十八年の間を過ごした場所に別れを告げていたのかもしれない。そして、ここで働く者たちにも。

俯いてしまったティアの頬を、伸びてきた白い手が覆う。それは以前と違いほんのりと温かい。

「心配しなくていい。ティアを無理矢理イワンに嫁がせるようなことはさせないから」

「そのために?」

ここでの穏やかな暮らしを諦めようとしているのかとの問いを、フィリスは曖昧な笑みでごまかした。

と、横でなにやらごそごそと音が聞こえ、ふたりは反射的に離れて申し合わせたように顔を向ける。

「あー、こほん。忘れ物を思い出したから取りに行ってくるわ。フィリス様、お茶でも召し上がっていらしてください。零して汚したりしたら許しませんよ!?」

コニーが煌びやかな布の塊を抱えて飛び出していく。

「香茶を、お淹れしますね」

彼女の存在をすっかり忘れていたティアは、いまさらながらに自分の頬に触れていたフィリスの手を意識してしまう。速くなる心拍を落ち着かせるように給仕に集中した。

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