偽りの姫は安らかな眠りを所望する
長椅子に腰掛けたフィリスの前にカップを静かに置くと、白磁に映える香茶の色に彼が目を瞠る。

「茶が青い? 珍しい色だな」

「ウスベニアオイの花です。庭に咲いていたものを使いました」

フィリスはカップを手にして恐る恐る口に運ぶ。少しだけ入れた蜂蜜と浮かべたミントの葉がほどよく主張するクセのない味が気に入ったようで、おかわりを要求された。
少し濃くなり紫に近くなった色に、再び感嘆の声を上げる。

「フィリス様の瞳の色のようですね」

柔らかな水の色は、それを興味深げに覗く瞳とよく似ていた。だがフィリスは不満そうに首を傾げ、 ひと息に飲み干してしまう。

「最初の色の方がよかったな。ティアが着ていた服みたいだった」

「あたしの服ですか?」

今度はティアが首を捻る。手持ちの服の中に、あんな明るい色の服はないはずだ。

「ヘルゼント家で着ていただろう? よく似合っていて、正直見違えてしまった」

思い出したようにふっと笑う。それが気恥ずかしくて、無駄に手を動かし茶器が音を立てる。

「ラルドのヤツ、どうせならばあれも持ってくればよかったのに。あの服こそ、伯爵家にはいらないだろう」

「それこそいりません! あんなの一日中着ていたら、息苦しくって死んでしまいますっ!!」

ティアがむきになって断ると、フィリスは一瞬驚いたように目を丸くして、そのあと盛大に吹き出した。大きく肩を揺らしていつまでも止まらない笑い声に、ティアは怒りを通り越して心配になってしまう。

「あの……、大丈夫ですか?」

長椅子の上で身体をふたつに折り曲げ笑い転げていたフィリスを覗き込んだティアの瞳が、眦に涙の雫を浮かべた彼の目と間近で合った。途端ぴたりと笑いが止んで、彼が切なげに眉を寄せ身を起こす。
背もたれに寄りかかると、天井を見上げて大きく息を吐き出した。

「……息苦しい、か。確かに窮屈だな」

フィリスはきっちりと閉められていた礼服の釦を外して喉元を寛げ、肩を小さく竦める。

「なあ、ティア。私も明後日で十八になる」

フィリスはイワン王子より数日早く産まれている。当然のことをティアは失念していたが、それがよりにもよって出立の日だとは。なんと言葉をかけてよいのか戸惑っていると、彼が傍らに立つティアの前掛けの裾を掴んで椅子から見上げた。

「おまえの明日を私にくれないか? 一日だけでいい」

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