偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「構わないわ。顔をあげなさい」
落とされた声に、ティアは若干の違和感を感じる。
たおやかな姿からすると少し低めの、喉に引っかかったような声。
ゆっくりと慎重に身を起こしながら、カーラが先ほど言っていたことを思い出した。
「姫様は体調が優れないとお伺いしていたのですが、お風邪でも召されましたか?」
フィリスはもともと身体が丈夫でない上に、眠れぬ夜が続いているという。季候の良い季節とはいえ油断はできな
い。
「誰がそのようなことを?」
「先ほどご挨拶に伺おうとしたら、カーラさんが言われました。失礼ながら、喉がおつらそうですので」
ティアが顔色を窺おうと少しだけ目線を上げれば、フィリスは手にしていた本をパタンと閉じて膝の上に置き、口元を手で覆う。
そして小さくコン、と咳をし、レースの立ち襟で飾られた首元を片手で撫でた。
「……そうね。朝晩はまだ冷えるから、少し喉の調子を悪くしたのかもしれません」
また、んんっと喉を詰まらせる。手が間に入ったことで、さらに声がくぐもって聞こえた。
顔の色は? 熱は? これ以上近寄ったりしたら、失礼になってしまうだろうか。
ティアは近づいて確かめたい気持ちを抑えながらも、心配になってさらに顔を上げた。
と、こちらを見据える瞳と視線が交わる。
伏した長い睫毛が影をつくる瞳の色は高貴な紫。
その色に既視感を覚えてハッと息を呑めば、小首を傾げたフィリス姫の背を覆うほど豊かな長い髪がさらりと揺れる。
そしてまた、その月の光で染めたような色合いが、湖の畔で遭った少年と重なった。
まさかそんなはずは、ない。