偽りの姫は安らかな眠りを所望する
翌朝、赤い目をして下りてきたティアを見ても、コニーはなにも言わずにぽんぽんと背中を優しく叩いてくれた。
彼女たちとも、今日でお別れだ。
フィリスに淹れる最後の香茶を給仕し終える頃、王都から迎えの馬車が館に着く。
出立の支度を終えラルドに恭しく手を引かれて出てきたのは、威厳を保ち背筋を伸ばして前を見据える王女姿のフィリスだった。
コニーの技術を最大限に尽くして創られた衣裳は、彼の直線的な体型を上手く隠している。もう、ティアにはフィリスに対してほんの少しも女性らしさなどは感じられないのだが、王宮からやって来た使いの者たちには、楚々とした美女に映っているらしい。あちらこちらから、感嘆のため息さえ聞こえてくる。
必死に笑いをかみ殺しているラルドが、王家の紋章が施された豪奢な馬車へとフィリスを導く。従者が開ける扉の前で一度、見送りに出ている皆を振り返った。
にこりと花のような笑みを浮かべてひとつ頷く。声を出すのは、最小限にしなければならないのだろう。
目頭を押さえているデラと、外した前掛けを握り締めるバリー。その後ろには、複雑な面持ちで、セオドールとダグラスが並んで立つ。
カーラとコニーは侍女として付き添い、一緒に王都へ行くことになっていた。
ティアは歩を進めてフィリスの前に出ると頭を垂れ、手にしていた壺を差し出す。
「お休みになれない夜に、煎じてお飲みください。ただし、御酒を召されていらっしゃらない時に。でないと、効き過ぎてしまいますので」
フィリスが受け取ろうと一度は伸ばした腕を戻し、カーラに視線を送る。彼の代わりに壺を受け取るカーラの手が、ティアの手に重なった。
「ありがとう。確かに受け取りました」
詳しい使用法をしたためた紙と共に香薬をカーラに託すと、ティアは王族に対する正式な礼をとる。
「道中お気をつけて。どうか、末永くお健やかに」
馬車に乗り込むフィリスがどんな顔をしていたのか、頭を下げたままのティアにはわからなかった。だが、たとえ上げていたとしても、涙で霞む瞳ではしっかりと捉えることができなかっただろう。
何台もの馬車とたくさんの馬の立てる音が、時が止まったようだった白薔薇館の静寂を壊して去っていく。
轍の残る地面にティアの目から落ちた雫は、すぐに染み込んでわからなくなってしまっていた。
彼女たちとも、今日でお別れだ。
フィリスに淹れる最後の香茶を給仕し終える頃、王都から迎えの馬車が館に着く。
出立の支度を終えラルドに恭しく手を引かれて出てきたのは、威厳を保ち背筋を伸ばして前を見据える王女姿のフィリスだった。
コニーの技術を最大限に尽くして創られた衣裳は、彼の直線的な体型を上手く隠している。もう、ティアにはフィリスに対してほんの少しも女性らしさなどは感じられないのだが、王宮からやって来た使いの者たちには、楚々とした美女に映っているらしい。あちらこちらから、感嘆のため息さえ聞こえてくる。
必死に笑いをかみ殺しているラルドが、王家の紋章が施された豪奢な馬車へとフィリスを導く。従者が開ける扉の前で一度、見送りに出ている皆を振り返った。
にこりと花のような笑みを浮かべてひとつ頷く。声を出すのは、最小限にしなければならないのだろう。
目頭を押さえているデラと、外した前掛けを握り締めるバリー。その後ろには、複雑な面持ちで、セオドールとダグラスが並んで立つ。
カーラとコニーは侍女として付き添い、一緒に王都へ行くことになっていた。
ティアは歩を進めてフィリスの前に出ると頭を垂れ、手にしていた壺を差し出す。
「お休みになれない夜に、煎じてお飲みください。ただし、御酒を召されていらっしゃらない時に。でないと、効き過ぎてしまいますので」
フィリスが受け取ろうと一度は伸ばした腕を戻し、カーラに視線を送る。彼の代わりに壺を受け取るカーラの手が、ティアの手に重なった。
「ありがとう。確かに受け取りました」
詳しい使用法をしたためた紙と共に香薬をカーラに託すと、ティアは王族に対する正式な礼をとる。
「道中お気をつけて。どうか、末永くお健やかに」
馬車に乗り込むフィリスがどんな顔をしていたのか、頭を下げたままのティアにはわからなかった。だが、たとえ上げていたとしても、涙で霞む瞳ではしっかりと捉えることができなかっただろう。
何台もの馬車とたくさんの馬の立てる音が、時が止まったようだった白薔薇館の静寂を壊して去っていく。
轍の残る地面にティアの目から落ちた雫は、すぐに染み込んでわからなくなってしまっていた。