偽りの姫は安らかな眠りを所望する
* それぞれが選ぶ道
ティアが白薔薇館を出る時の荷物は、持ち込んだものよりもずっと少ない。

「本当にもらっちゃっていいのかい?」

伯爵邸の小屋から運んだ香薬の材料の多くは、モートン夫妻に譲ることにした。たくさんの壺や瓶などは重くて、扱いに困るからだ。
それになにより、料理人の彼らなら有効に使ってくれるとティアは信じている。

「こんなものしか餞別にあげられないけれど」

ようやく引いた涙がまた浮かびそうな目をしたデラが、ティアに渡したのは野菜の酢漬けが入った瓶だった。

「セオドールが育てた野菜を、うちの人が漬けたんだ。美味しいのはもちろん、元気が出るよ」

くしゃりと顔を歪ませるデラから受け取った瓶を見て、ティアの目からもまた涙が溢れてくる。固い蓋を一生懸命に開けてくれた人は、もう近くにいない。

「おや、もしかして酢漬けは嫌いだったのかい?」

大きな腹を揺らしおろおろとし始めたバリーの姿に、ティアは泣き笑いの不器用な笑みを作った。

「いいえ、大好きです。大切にいただきますね」

割れないよう馬車の荷台に載せた荷物の中に押し込めると、セオドールからは鉢植えを渡された。

「一番元気な苗を採ってきたよ。来年の初夏には、きっとキレイな花を咲かせるはずだから」

「ありがとうございます」

薔薇の苗木を荷台にしっかり固定して置いてから、ティアは皆に深々と頭を下げる。

「短い間でしたけど、ここでの仕事はとても楽しかったです。皆さん、本当にありがとうございました。どうかお元気で」

「いやだよ。どこか遠くへ行っちまうわけじゃないんだろう? 伯爵様のお屋敷に戻るだけなら、そのうちまた会えるさ」

ティアの素性までは知らされていないのか、デラは染みのある温かい手でティアの手を取りぶんぶんと振る。

「そうだよ。生きてさえいれば、ひょっこりどこかで会える日もあるかもしれない」

穏やかなセオドールの声音に真実を知っている者の実感が込められていて、ティアは「そうですね」と小さく同意するだけしかできなかった。

「それじゃあ、行くか。忘れ物はねぇな?」

馭者席からダグラスが声をかける。最後にティアは、青空に映える白亜の館をもう一度見上げた。
フィリスの部屋の窓は開け放たれ、カーテンが風で揺れているのがわかる。その風はもう薔薇の香りを連れてきてはいなかった。

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