偽りの姫は安らかな眠りを所望する
身体を捻り、後ろに向かっていつまで振っていた手を、ついに屋根の先端さえも見えなくなってからようやく下ろした。
ほんの数回通っただけの道なのに、思い出ばかりが浮かぶ景色を目に焼き付ける。今日もミスル湖は穏やかに澄み、空の青を湖面に映していた。
雪と氷に覆われた湖も見てみたかった。春の息吹に萌える木々を映す姿も美しいだろう。
見ることは叶わない風景を、ティアは心の中に思い描く。それは湖が視界から完全に消えるまで続けられた。
ガラガラと鳴る車輪の音が、ティアの心臓の動きを速めていく。
あと少し進めば、ヘルゼント伯爵の屋敷までの道が、国を南北に走る街道とぶつかる場所に出る。そこまで行ったら――。
ティアは膝の上に乗せている巾着を握り、中にある硬い感触を確かめた。
前方に立つ古ぼけた木の道標。左右ふたつある片方の表示には王都の方角が記されている。
ティアは袋の中に手を入れて取りだしたものを、手綱を握るダグラスの首筋に突き付けた。
「おおっと」
目を見開いて手綱を引くと、馬は従順に脚を止める。ダグラスは頭を動かさないまま、目玉だけを動かしてティアを見た。
「嬢ちゃん、これには一体なんの意味があるんだい?」
声を出す度に動く喉元でぷるぷると震える刃先にも臆さず、呑気に問いかける。
「ごめんなさい、ダグラスさん。ここで馬車から降りてもらえませんか?」
「はあ? ここでかあ?」
切羽詰まった声で懇願するティアに対して、彼はあくまでも平静を崩さない。痺れを切らしたティアは、グッと採取用の小刀の柄を握る手に力を入れた。
「あたしは伯爵のお屋敷には戻りません。だから……」
「で、どこに行こうっての?」
「それは……」
ほんの数回通っただけの道なのに、思い出ばかりが浮かぶ景色を目に焼き付ける。今日もミスル湖は穏やかに澄み、空の青を湖面に映していた。
雪と氷に覆われた湖も見てみたかった。春の息吹に萌える木々を映す姿も美しいだろう。
見ることは叶わない風景を、ティアは心の中に思い描く。それは湖が視界から完全に消えるまで続けられた。
ガラガラと鳴る車輪の音が、ティアの心臓の動きを速めていく。
あと少し進めば、ヘルゼント伯爵の屋敷までの道が、国を南北に走る街道とぶつかる場所に出る。そこまで行ったら――。
ティアは膝の上に乗せている巾着を握り、中にある硬い感触を確かめた。
前方に立つ古ぼけた木の道標。左右ふたつある片方の表示には王都の方角が記されている。
ティアは袋の中に手を入れて取りだしたものを、手綱を握るダグラスの首筋に突き付けた。
「おおっと」
目を見開いて手綱を引くと、馬は従順に脚を止める。ダグラスは頭を動かさないまま、目玉だけを動かしてティアを見た。
「嬢ちゃん、これには一体なんの意味があるんだい?」
声を出す度に動く喉元でぷるぷると震える刃先にも臆さず、呑気に問いかける。
「ごめんなさい、ダグラスさん。ここで馬車から降りてもらえませんか?」
「はあ? ここでかあ?」
切羽詰まった声で懇願するティアに対して、彼はあくまでも平静を崩さない。痺れを切らしたティアは、グッと採取用の小刀の柄を握る手に力を入れた。
「あたしは伯爵のお屋敷には戻りません。だから……」
「で、どこに行こうっての?」
「それは……」