偽りの姫は安らかな眠りを所望する
 * * *

病弱という肩書きは、フィリスにとってとても好都合だった。

王都までの道程、宿泊のために寄った貴族の館で用意された晩餐の宴を、慣れない旅で疲れているからという理由でことごとく断ることができる。なにかと世話を焼きたがる者たちも、表に出たことがない故の人嫌いで押し通しす。さすがに心配した家主が医者を呼んでしまった時は焦ったが、ラルドの口八丁でなんとか切り抜け、予定通りの日程で無事王都入りを果たしていた。

「僕の姫は、美人だけどたいそうな変わり者だという噂が広まってしまうではありませんか」

王宮の奥に用意されたフィリスの部屋を訪ねてきたラルドが、苦笑交じりで揶揄する。そういう彼自身も王都までの行程に付き従い、身体の弱い未来の花嫁に片時も離れることなく寄り添う献身的な婚約者だと、城中で噂されていた。

美姫との誉れ高いフィリス王女が、馬車から降りこの部屋に辿り着くまでの僅かな距離の間にひと目拝もうとできた人集りの半分は、公私問わずラルドと関わりがあった女たち。諦念と怨嗟の声が低く響く中を歩くのは、演技でなくとも気分が悪くなりそうだった。

「変人だというのはあながち間違いではないだろう? こんな格好をしている男が他にいるものか」

「でしたら、姫の格好などで出発なさらなければよかったではありませんか」

実際、白薔薇館でフィリスの姿を見た彼は、「往生際の悪いお方だ」と盛大に眉をひそめたのだ。

「せっかくの弟の晴れ舞台だ。兄として余興くらい用意してやらないとな」

不機嫌にそう告げたフィリスに、「麗しの深窓の姫君が実は第一王子だった、などと目の前で披露されたら、最近体調が芳しくないとの噂もある国王が倒れてしまうかもしれない」と言いつつ、「それはそれで好都合」などと薄ら笑いを浮かべたのも、また彼だった。

ロザリーが生前使っていたという部屋は、華やかな調度で統一されている。年頃の王女を意識したのだろうが、どうにも居心地が悪い。
至るところに、王宮お抱えの庭師が丹精込めて育てた花々も生けてある。どれも見事なものなのだが、フィリスが探す素朴だが落ち着く香りを放つ花はやはりなかった。

フィリスは、そういえば道中の町並みにも花が飾られていたことを思い出す。イワンの誕生日と王太子叙任を祝ってのことなのだろう。花を飾る余裕が市井の民にあるのは、国がそれなりに潤っている証拠ともいえるし、少なくともイワンは国民から王位継承者として疎まれてはいないようだ。

睡眠不足が続いて働きの鈍い頭でそんなことを考えていると、にわかに部屋の外が騒がしくなった。廊下には衛士が護衛に就いているはずだし、そこを突破してもカーラとコニーが控えている。なにかあればすぐに知らせがあるはずだ。
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