偽りの姫は安らかな眠りを所望する
不審に思ったフィリスが出ていこうとすると、それを遮りラルドが進む。扉の取っ手に手をかけると、向こう側から大声が聞こえてきたので、ふたりして耳を澄ます。

「イワン様! フィリス様は長旅で体調を崩されておいでなのです。それに、これから国王陛下のもとへ帰城のご挨拶に伺う予定が。どうか本日のご面会はご容赦を」

カーラの決死の説得も、闖入者には届かなかったようだ。

「わかっている! 姉上にご無理をさせるつもりは毛頭ない。ただ、無沙汰の非礼をお詫びしたいだけだ。お時間は取らせないから」

扉が叩かれる。これだけ騒ぎ立てておいて、それはずいぶんと控え目だった。

「フィリス姉上。イワンです」

ラルドが苦笑いで振り返り、「どうします?」と目だけで訊いてくる。フィリスは固い表情でひとつ頷いて、開けさせた。

扉が開ききるのも待たずに飛び込んできたのは、明るい金色の髪を今の騒動でやや乱している青年。フィリスが最後に見た三年前よりも二回り以上縦にも横にも大きくなった腹違いの弟だ。だが顔は幼い頃の面影を残している。
部屋の中心に立つフィリスに大股で近づくと、静かに膝を折って彼の手を取り礼をとった。

「お久しぶりです、姉上。遠いところをよくいらしてくださいました。お疲れのところ、お騒がせしてしまい申し訳ありません。体調が優れないと伺いましたがお加減はいかがでしょうか?」

澱みのない動作と矢継早の口上に、呆気にとられたフィリスは無意識に詰まった声で応えることになる。

「こ、こちらこそ、母君の葬儀にも顔を出さず……」

「ああ、どうぞおしゃべりにならないでください。そのような辛そうなお声、聞いている私まで胸が痛くなります。あとで薬師に煎じ薬でも届けさせましょう」

言葉を奪われ椅子を勧められたかと思うと、イワンは再び畳みかけるようにしゃべり倒ししたあと、不意に口を噤む。

「……いや。それはご迷惑ですよね。私からの薬など受け取っていただけるわけがない」

腹の底からすべての息を吐き出すと、フィリスより広い肩を縮めて項垂れた。「どういうことだ?」と傍らのラルドに視線で訴えても、彼は訳知り顔で高みの見物を決め込んでいる。
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