偽りの姫は安らかな眠りを所望する
衣擦れの音をさせフィリスが椅子から立ち上がる。
ゆっくりとした歩調でティアの真横までくると、お辞儀をしたままの彼女に言葉をかけた。

「ラルドからそなたの話は聞いています。庭にあるものは好きに使いなさい。足りないものがあれば、遠慮せず申し出るように。あの者に言って揃えさせましょう」

「ありがとうございます。精一杯、務めさせていただきます」

さらに深く腰を折るティアの横を通り過ぎていく薔薇の香りは、やはり先ほどの少年と同じもの。
この屋敷の周り一帯を包むものなら、二人から共通して感じられたとしてもおかしくはない。ないのだが……。

「あのっ!」

思わず呼び止めてしまってから、口を押さえる。
ティアは、何という無礼を働いてしまったのかと自分を叱るが、後の祭りだ。慌ててその場に跪いた。

「も、申し訳ございませんっ!」

床に額づきそうなまで垂れた頭の視界の片隅に、光沢のある薄青の裾が入り込む。
続く叱責を恐れ瞼をきつく閉じたティアの顎に、冷たい感触が当てられたかと思うと、そのまま顔を持ち上げられた。

いくら華奢な身体の線を隠すほどたっぷりと使われた生地に隠れてしまうとはいえ、腰を落とし片膝をつくという姫君らしからぬ振る舞いに、ティアが目を瞠る。
しかしフィリスの関心は、まったく別のところに向いているようで、気にも留めない。

「そなたは頭を下げるのが好きなのか? さきほどからそればかり」

「いえ、そういうわけでは……」

「ならば、顔を上げなさい。卑屈になる必要などない」

ひんやりとした指先が顎から放されたと思うと、つぅっと喉もとを伝って下りていく。
それが左の胸の上でぴたりと止まった。
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