偽りの姫は安らかな眠りを所望する
予想外の反応に眉をひそめたフィリスが問い質す。

「いいや。だが、ロザリーがそなたのために剣が欲しいと願った時、違和感を感じていたのだ。そういうことだったのかと、いま確と理解できた」

フィリスが腰に帯びている剣に目を向け、懐かしそうな笑みを浮かべる。
今の彼の腰にある姿さえ不釣り合いに見えるほど武骨なそれを、産まれたばかりの娘のために所望するには少々無理があったようだ。

母はどんな想いで父にこれを望んだのだろう。
柄に施された王家の紋章を指でなぞった。

「それで。そなたはなにが望みだ。第一王子として名乗りを上げ王太子の座に就くか? それとも幼いそなたから母を奪い、その命を縮めさせた余の命か?」

ギルバート王は胸を押さえて背中を寝台に預ける。数回荒く肩で息をすると、瞼を閉じた。

「薔薇、か。ロザリーと同じ香りだな。この香りに包まれて逝けるのなら、それもいいかもしれん」

「薔薇?」

先ほど使った精油の残り香だろうか。フィリスにはわからなかったが、母の香りに想いを馳せる父親の表情を目の当たりにして、確信してしまったことがある。

「私はあなたの様にはならない、ずっと心に決めていました。周囲の犠牲を払ってまで手に入れた愛する人を、己の欲だけで縛りつけるようなことは、決してするまいと」

フィリスは剣帯から剣を外した。

「ですが、非常に残念なことに、やはり私の身体にはあなたの血が間違いなく流れているらしい。私にも、持てるものすべてと引き替えてでも手に入れたいものができてしまいました。たとえこの想いが彼女の重荷になったとしても」

右手を柄にかけ、金属の触れ合う耳障りな音を立てながら鞘から刀身を引き抜く。蝋燭の炎を映し鈍く光る剣先を、フィリスは父親に向けた。

「やはり、これが望みか」

国王は心臓に当てていた手を下ろして、「しっかり狙え」とでもいうかのように胸を反らす。
しかし、諦めとは異なる穏やかな表情を見せる彼から外れた切っ先は、だらりと下ろされた腕によって床を指した。

「この剣をお返しに参りました。そのかわり、私が所望することは――」

フィリスが大きくひとつ息を吐き出す。自分を見据える琥珀色をした瞳を、生まれて初めて真正面から見つめ返した。

「あなたの子、王女フィリスをこの世界から消していただきたい」

下を向いていた刃がゆっくりと持ち上げられる。
国王の弱った鼓動さえも聞こえそうに静まる寝室にざくりという音が響き、今宵は姿を現さない月の代わりに輝く絹糸のようなフィリスの髪が数本、床へと落ちていった。
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