偽りの姫は安らかな眠りを所望する
*

ギルバート国王の寝室から出てきたフィリスは、深く外套の帽子を被り、唇を引き結んだまま建物の外へと向かう。ラルドは後を追い、話ができる表の人気のない場所でようやく彼の腕を掴んで引き留めた。

「フィリス様。陛下となにをお話になったのです?」

拍子に帽子がずれ、不自然に短くなった髪が現れる。

「その髪はどうしたんですかっ!?」

「……切った」

それは見ればわかる。苛立つラルドの前に、無残に切り落とされた長い髪の束が突き付けられた。

「やはり私は、この国の王にも、おまえの妻にもなれない。すまないが他を当たってくれ」

再び歩き出そうとする彼の前に回り込んで行く手を塞ぐ。

「どちらへ向かわれるおつもりです。心当たりなどあるのですか? ……ティアの行く先の」

「知っているのか!?」

言い当てられ驚く顔を見て、今夜の彼の行動の理由を確信した。フィリスは、ダグラスと共に行方を眩ませたティアの後を追うつもりなのだ。

「ふたりが、ヘルゼント家の紋章を使って南の関を通ったとの知らせが先ほど届きました」

恐らく宝石箱についた紋で、伯爵の使いだとでも名乗ったのだろう。ダグラスが一緒にいるのなら、その程度は思いつくはず。
ラルドはその報を受けてから急ぎフィリスの部屋を訪れ、彼の不在を知ったのだった。

「廊下で眠りこけていたあの衛兵とカーラたちに、なにか罰を与えなければなりませんね」

「あの者たちは関係ないっ!」

掴みかかろうとするフィリスの手を無慈悲に払いのけ、面倒くさそうに前髪を掻き上げる。

「まったく、あなたはどこまでも考えの甘いお方だ。そんな心構えでは、人の上に立つことなど無理です」

「だから、何度も……」

ため息交じりで零した愚痴に異論を唱えようとするフィリスを遮り、ラルドは首を横に振った。

「そのうえ、そのようなみっともない姿で、花嫁として僕の隣に並んで欲しくはありませんね」

「ラル、ド?」

くるりと背を向けたラルドに、この期に及んで心細げな声をかけてくる彼の、乱雑に切られた髪の切り口が痛々しい。はあ、と盛大に肩を落とし、首だけを巡らせた。

「こんな時間に正門を通れるわけがないでしょう?」

「あっ」

いくら数えるほどしか来たことがなく、構造を把握し切れていない城だとしても、正々堂々と真正面から出ていくつもりだったのか。その向こう見ずさに頭を抱えたくなる。

ラルドは自分が夜の街に繰り出す際に使う秘密の通路を、しかたなく教えてやることにした。

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