偽りの姫は安らかな眠りを所望する
結果ラルドはその夜から、二通の手紙を遺しフィリスが城から消えたことを隠すのに奔走するはめになった。

まず、王都までの旅と目の前で父王が倒れたことで心身を病み、寝付いてしまったことにして、翌日から行われた式典を欠席する。イワンが心配して何度も面会を申し入れてきたが、疲労と消耗が激しいと断り続け、王太子叙任で忙しい彼を煙に巻く。
祝宴で慌ただしい城ではゆっくり休めないことを理由に、コニーを身代わりに仕立ててどうにか白薔薇館まで戻った、という体を取り繕った。

そしてある日。

『自分の身体の弱さでは、ラルドと結婚しても跡継ぎを望めないだろう。だが、誠実な彼がほかで子どもを作るとは思えない。それではヘルゼント家に申し訳が立たなくなる。こちらから婚約破棄の申し入れをしては、ヘルゼントの名に傷がついてしまう。かといって、自分を心から愛してくれているラルドには、それをすることはできないに違いない。それならばいっそのこと――』

という内容の遺書を遺し、ミスル湖に自らの身を沈めることにする。
手紙の一通はその遺書。もう片方に、これら一連の流れの指示と、残された白薔薇館の者たちへの最大の配慮を懇願する内容が書かれていた。

死亡理由が自死では外聞がよくないとのことで、大規模な葬儀は行わず、ひっそりと彼の髪を入れた棺が母親の隣に埋葬されることになったというわけだ。

無謀とも思える計画が一応の成功をみせたのは、ひとえに国王陛下御自らの協力があったからでもある。

*

「何だかんだ言っても、面倒見がいいのですね」

「その日の宿を世話しただけだよ。なにせあの容姿だからね。妙な連中におかしな場所へ連れ込まれたらと思うと、寝覚めが悪い。そういう君だって、渡してしまったんだろう? ベイズ家の印章」

事実上の統治権を失っていても、まだ正式にベイズ家が取り潰しになったわけではない。国を超える際の身元保証くらいにはなるはず。
フィリスが南の国境を越えたところまでの消息は掴めていた。

「あの箱入り姫様は、今どの辺りにいるんだろうね。なんだか、娘をふたり嫁に出した気分がするよ」

南の空を眺めやる。ダグラスがついているらしいティアはともかく、あの館から出たことのないフィリスが単身で、どこにいるともしれない彼女を探し出すことができるのか。

当然のように心配している自分に気づき、ラルドは頭を振って思考を追い払う。彼らは望んで保護の外へ飛び出していった。どこでどうなろうと構いはしない。

強くなってきた雪に肩を竦め、引き返そうと身体を反転させた。

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