偽りの姫は安らかな眠りを所望する
* * *
初夏の眩しい陽差しに、ティアは目の上に手のひらを翳して庇を作る。クレトリア王国よりも南にある国サランは、夏の訪れが早くて長い。雪などはひと冬に数回ちらつく程度。
貸家の狭い庭に作った畑には、もうたくさんの香草が芽吹いて薫風に揺れていた。
セオドールから譲ってもらった薔薇も、一年以上に及んだ長旅を耐え抜いて、この新しい土地にしっかりと根を張ってくれている。
昨年の花期は鉢植えのままだったためか花を咲かせてくれなかったが、今年は刺々しい枝は緑色の葉に覆われ、いくつか小さな蕾もつけてくれていた。
だがそれらはなぜか、いっこうに生長を見せず固く閉じたまま。よその家の庭先に植えられた薔薇は、とっくに満開を迎えている季節だというのに。
「やっぱり、移動で無理をさせてしまったのかしら」
ほんの少しも香らない蕾へ指先を伸ばし、ティアは寂しそうに軽く触れた。
無謀とも思える逃避行にダグラスがついてくることを、初めのうちは心苦しく思っていたティアだったが、それはすぐに感謝に替わる。
何はともあれ、まずは旅費を用立てなければならない。ティアはラルドから受け取った宝飾品を売り払おうとした。
「おい、待ちなよ。それはルエラ様の形見じゃないのかい?」
「だけど、母もあの家に置いていったものです」
それなら、自分にとっては余計に思い入れなどない。預かると言ってしまった手前、手放すことに罪悪感がないわけではないが、背に腹は変えられない。どうせもう、返せる当てもないのだから。
ティアの覚悟を告げると、ダグラスは愉快だと大口を開けて豪快に笑った。
「そういうことなら、遠慮しねえほうがいいな。まず、どれからいく?」
宝石箱を開けてティアは首飾りを取り出した。ダグラスは受け取ると、一番大きな水色の石を慎重に外す。
「このままじゃあ、売れないからな。とりあえずこれひとつ分でも、ゆうに数ヶ月は宿暮らしができるぞ」
その価値に一瞬たじろいだが、こくりと頷いて売却を了承する。もちろん正規の売買は無理だ。これだけの品なら、すぐに足がついてしまうだろう。どうするのかとダグラスについていくと、彼は慣れた様子で立ち寄った街の裏通りに入っていき、胡散臭さ漂うの店の扉を押し開けた。
初夏の眩しい陽差しに、ティアは目の上に手のひらを翳して庇を作る。クレトリア王国よりも南にある国サランは、夏の訪れが早くて長い。雪などはひと冬に数回ちらつく程度。
貸家の狭い庭に作った畑には、もうたくさんの香草が芽吹いて薫風に揺れていた。
セオドールから譲ってもらった薔薇も、一年以上に及んだ長旅を耐え抜いて、この新しい土地にしっかりと根を張ってくれている。
昨年の花期は鉢植えのままだったためか花を咲かせてくれなかったが、今年は刺々しい枝は緑色の葉に覆われ、いくつか小さな蕾もつけてくれていた。
だがそれらはなぜか、いっこうに生長を見せず固く閉じたまま。よその家の庭先に植えられた薔薇は、とっくに満開を迎えている季節だというのに。
「やっぱり、移動で無理をさせてしまったのかしら」
ほんの少しも香らない蕾へ指先を伸ばし、ティアは寂しそうに軽く触れた。
無謀とも思える逃避行にダグラスがついてくることを、初めのうちは心苦しく思っていたティアだったが、それはすぐに感謝に替わる。
何はともあれ、まずは旅費を用立てなければならない。ティアはラルドから受け取った宝飾品を売り払おうとした。
「おい、待ちなよ。それはルエラ様の形見じゃないのかい?」
「だけど、母もあの家に置いていったものです」
それなら、自分にとっては余計に思い入れなどない。預かると言ってしまった手前、手放すことに罪悪感がないわけではないが、背に腹は変えられない。どうせもう、返せる当てもないのだから。
ティアの覚悟を告げると、ダグラスは愉快だと大口を開けて豪快に笑った。
「そういうことなら、遠慮しねえほうがいいな。まず、どれからいく?」
宝石箱を開けてティアは首飾りを取り出した。ダグラスは受け取ると、一番大きな水色の石を慎重に外す。
「このままじゃあ、売れないからな。とりあえずこれひとつ分でも、ゆうに数ヶ月は宿暮らしができるぞ」
その価値に一瞬たじろいだが、こくりと頷いて売却を了承する。もちろん正規の売買は無理だ。これだけの品なら、すぐに足がついてしまうだろう。どうするのかとダグラスについていくと、彼は慣れた様子で立ち寄った街の裏通りに入っていき、胡散臭さ漂うの店の扉を押し開けた。