偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「わたくしもおまえも、ここを突き刺せば赤い血が流れて死ぬだろう? 何ら変わらぬ、同じ人なのだから」

「同じ、人?」

妖精のように美しく高貴なフィリス姫と、身寄りもなく闇の色をまとう自分が同じだと、彼女は言う。
姫の指先が触れている場所から、不思議な熱が身体中にじわりと広がっていくような気がした。

と、フィリスが微かに口の端を上げ、指に力を入れてティアの胸をトンと突いてみせた。

「きゃっ!」

不意打ちだったうえに思いのほか強い力で、ティアはよろけて尻餅をついてしまう。
何事もなかったように立ち上がったフィリスは、面食らっている彼女をしたり顔で見下ろした。

「申し訳……」

乱れた裾を直し姿勢を正すと、また頭を垂れようとして眉をひそめらた。
慌てて立ち上がったティアは、王女に無言で言葉の先を促され怖ず怖ずと口を開く。

「で、ではお尋ねします。このお館の薔薇園はどちらにあるのでしょうか。ここに着いてから、ずっと香りが……」

「……だ」

ティアが言い終わらないうちに、背筋のゾッとする鋭く尖った声に遮られた。
その発生源をみつけようと辺りを見回すが、もちろんその声に該当するような者はこの部屋には見当たらない。

外からかもしれない。窓に近寄り表を覗こうとしたティアの背後から、再び例の声が聞こえてきた。

「薔薇は、嫌いだ」

小声だが、今度こそはっきりと耳に届いた声の出所に息を呑む。

おもむろに振り返ったティアとほんの一瞬かち合った紫の瞳は、なにも映っていないかのように冷ややかだった。柳眉を寄せた顔を背け、向けられた背中はすべてを拒む。

やがて開かれた扉の向こうへ消えたフィリスの後ろ姿。
ティアは見送りの礼も忘れて、その場に立ち尽くしていた。
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