偽りの姫は安らかな眠りを所望する
*

ダグラスが造ってくれた壁の棚にも、ずいぶんと壺や瓶が増えた。
この辺りは川も山も近く、植物の種類も豊富で、採取に困ることはない。時にはマールに話で聞いていただけのものや、本でしか知らなかったものがみつかることもあり、ティアの香薬師としての探求心を刺激する。

カランカランと、扉に取り付けた鈴が鳴った。最近は客としてティアの元を訪れる人が増えたため、これまたダグラスにつけてもらったもの。

「ただいま」

入ってきたのは客ではなかった。

「おかえりなさい、フィル。暑い中をお疲れ様」

「ああ、今日は特別暑かった気がする」

帽子を脱いで額に浮かぶ汗を袖で拭うと、フィリスは裏の井戸へ顔を洗いに行ってしまった。
その間に、ティアは香茶の用意を始める。丁度良い色が出たところにフィリスが戻ってきた。

あまりの暑さに頭まで水を被ったらしく、雫をつけた髪を無造作に掻き上げると、秀でた額が露わになり印象が変わる。その姿に、ティアは密かに鼓動を速めていた。

「ダグラスはまだ帰ってないのか? 裏庭にもいなかったようだけど」

「言っていなかった? 山向こうの町へお嫁に行ったリオ―ネさんの一番下の娘さんに、先月赤ちゃんが産まれたでしょう? 会いに行きたいけど足が悪いからって諦めていたみたいだったから、ダグラスさんが連れて行ってあげることにしたの」

山を越えるのは大変だし、迂回すると倍以上の距離になる。どちらにしても、老人の痛めた足腰ではかなり辛い行程となってしまう。

「じゃあ、今夜は……」

「うん。もしかしたら、向こうのお宅にお世話になるかもって。リオーネさんも、ぜひそうしてくれって言っていたし」

言ってからティアはある事実に気づく。フィリスがここで暮らすようになってからひと月ほど経つが、初めてふたりきりで一晩を過ごすことになるのだ。
そう意識した途端に、ティアの挙動が不審なものに変わる。
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