偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「そ、そうだ! 村長さんのお嬢様、あの石鹸を気に入ってくださった?」

心臓の音に呼応するかのようにカタカタとカップを揺らしながら、淹れたての茶を椅子に着いたフィリスに差し出し、なかば強引に話題を変える。
波打つ茶の色に気づいたフィリスが顔を綻ばせた。

「いい香りだと喜んでいた。使うのがもったいない、とも言っていたな」

施術の客がいたのでフィリスに注文を受けていた品を届けに行ってもらったのだが、初めての納品だったので少し心配していたのだ。ティアは「よかった」と胸をなで下ろす。

「オレが好きな香りだと言ったら、また同じものを追加で頼まれた」

茶を啜りながら平然と告げられた、喜ばしいはずの次の注文が、ティアの心に細波を立てる。

「……そう、なの。フィルは御用聞きまでできるのね。助かるわ」

そう言いながら最後の言葉には、まったく気持ちが込められていない。頬杖をついたフィリスがくすりと笑う。

「正確に言えば、オレが好きな女(ひと)の香り。だけど、そう言ったら得意先が減るだろう?」

臆面もなく真正面から告白されて、たちまちティアの顔がのぼせたように朱くなる。それをごまかすように、大きな音を立てて椅子から立ち上がると、ティアは壁に造り付けられた棚まで瓶を取りに行った。

照れ隠しにドン、と机の上に瓶を置く。

「前にもらったレモンで蜂蜜漬けを作ってみたの」

瓶の中身を掬い上げ、新たに注いだ茶の中へひとさじ垂らす。すると、青色だっ香茶が紫に、やがて紅色へと変化していく。ウスベニアオイの茶が『夜明けのお茶』と呼ばれる所以である。
その様子を、フィリスは少年のように瞳を輝かせて目を凝らす。それだけで、ティアのもやもやとした気分はすっかり晴れてしまっていた。

ふたりで甘酸っぱさが追加された香茶をゆったりと飲む、昼下がりのひと時。
窓から入る風には、甘く優しい薔薇の香りが混じっていた。


*


ミスル湖を臨む丘の上にも満開の薔薇が咲き、夏の風に揺れている。
濃密な薔薇の香りに守られるようにしてふたつ並んで建てられた、新しい方の墓標にはこう刻まれていた。


『王女フィリスに安らかなる眠りを永久に』



   ―― 完 ――  
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