偽りの姫は安らかな眠りを所望する
摘んだばかりの香草が青い香りを放つ籠を井戸の脇に置くと、くみ上げた冷たい水で手足を洗う。濡れたままの手で今度はじゃぶじゃぶと顔を無造作に洗うと、ピリピリとした痛みを感じた。
目を瞑ったまま手探りで、近くに置いたはずの手拭きを探していると――。

「はい、どうぞ」

と、ようやく触れた布の感覚と共に声も渡された。

「あ、ありがとう」

不審に思いながらもゴシゴシと拭いた顔を上げたティアは、思わず手拭きを取り落としてしまった。

「ラ、ラルド様っ!?」

真夏の空と同じ濃い青の瞳を柔らかく細め、そよ風に栗色の髪を揺らす貴公子が、腰を屈めて落ちた布きれを拾う。ばさばさと付いた砂を払うと、おもむろにまだ濡れていたティアの右手をとって水気を拭き取り始める。
同様に左手も終わらせると、続いて足下に膝を突きそうになったのを、ようやく衝撃から立ち直ったティアが必死で制した。

「そんなこと。お、おやめください!!」

慌てて手拭きを奪い取ると、ラルドは不満そうに眉根を寄せる。

「どうしてだい? 可愛い女の子を濡れたままにしておくなんて、僕の矜持が許さないんだけど」
「自分でできます。第一、もうほとんど乾いてますからっ!」

実際、ティアが大雑把に拭っただけで、もう水気はすっかりなくなった。
肘まで捲り上げていた袖を戻していると、不意に頬に手が伸びてくる。

「でもまだここに泥がついているよ。あれ、違う。……ダメじゃないか、女の子が顔に傷なんか作ったら」

声につられて顔を上げたティアの頬の辺りを、ラルドがなんの躊躇いもみせずに絹の袖口で拭おうとするものだから、弾かれた様に飛び退いた。

「な、なにするんですか」

もう一度、布でごしごしと顔を拭き直す。
ティアの顔がどんどん熱くなっていったけれど、それが力任せにこすったせいなのか、不意に触れられた指先のせいなのかはわからない。

それなのに、今度はその手首をひんやりとした手が掴んだ。

「そんなに擦ったら、可愛い顔に傷が広がっちゃうだろう。ほら、こんなに赤くなってる」

ラルドが熱を冷ますように空いている手のひらをティアの頬に添えるが、かえって逆効果だ。
耳まで赤くしたティアは、隠せるはずもないのに俯いてごまかそうとした。
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