偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「一番はもちろん、我が家のお姫様ですよ。もうお会いになったんでしょう?」

一瞬、訝しげに眉根を寄せたフィリスだったが、すぐにああ、と思い至る。

「あの娘……ティアとかいったか。あれがおまえの思い人だったとはな。特に目立つような容姿ではなかった気がするが」

謁見時、彼女はほとんど俯いていた。フィリスの心証が辛口になるのも無理はない。
それに、顔貌よりも強く目に焼き付いているのは、夜の色。

「だが、たしかにあの髪と瞳の色は美しいな」

月のない夜空に浸したようなあの色が創り出す闇に、その身を沈めてしまいたいとさえ感じた己に身震いする。
目を閉じ瞼に残る濃紺を思い出していると、子栗鼠のように瞳を見開き自分を凝視するティアの間抜け面までもがついてきて、愉快げに口を歪める。

「あの娘、私が男だと気がつかなかったようだったぞ」

「それは、姫が輝くほどにお美して目が眩み、真実のお姿を捉えることができなかったのでしょう。まさに、この世のものとは思えぬ――」

ラルドの言葉は賛辞ともとれるが、深読みすればそればかりではないことがわかる。
一筋縄ではいかない彼を冷ややかに眺めながら、フィリスはさらに続きそうな無駄口を片手を上げることで制する。

「この姿で先に遭っていたのに、だぞ?」

「は……い?」

これにはさすがのラルドも想定外だったようだ。

彼の目の前にいる人物は滑らかな白磁のような肌を持ち、小さく引き結ばれた口もすっと通る鼻筋も、申し分なく整っている。
だが成長過程にある細い手足はスラリと伸び、当然の如く胸板は薄い。
何より紫の瞳に宿る剣呑な光は力強く、どう見ても娘のものではなかった。

ティアのそれと同様に、比較的色素の薄い者が多いクレトリアに於いても、フィリスの髪と瞳の色は珍しい。
それを目にしているはずなのに気づかないとは。

いくら王族との初対面で緊張が最高潮だったとはいえ、うっかりにもほどがあるのではないか。
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