偽りの姫は安らかな眠りを所望する
思わず苦笑いを零しているラルドを一瞥し、気怠げな様子で背もたれに身を預けて足を高く組み替える。

「そんな粗忽者をここに置くのは心許ない。どこから情報が漏れるかわからないからな。大切ならこのまま連れ帰って、自分の世話をしてもらえば良いではないか」

「まあ、そう仰らず。きっとお役に立つはずですよ、彼女は」

薄い唇は優美な弧を描いていたが、青い瞳の本心はやはり覗けない。
フィリスは、ふっと自嘲の笑いを浮かべた。
自分の周りにはそんな者ばかりだ。いまさら、誰に何を期待しろという?

「それは私に対してか? それとも、伯爵家にとって、という意味だろうか」

「……それは、おいおいおわかりになるでしょう」

王都で数多の令嬢を蕩けさせているという微笑を浮かべ、フィリスの皮肉にもまるで応えた様子を見せない。

「最近、父親に似てきたな。煮ても焼いても食えないところがそっくりだ」

「お褒めにあずかり光栄です」

フィリスは決して褒めたつもりではないのだが。
ラルドが一分の隙のない礼を返したところで、扉を叩く音が聞こえた。
二人の意識がそちらに向けられ、不毛な腹の探り合いはいったん終わりを告げる。

「入れ」

開いた扉の影から現れたのは、ワゴンに茶の用意を載せたカーラだった。
ここにいるはずのないラルドの姿に目を細め、大きなため息を吐く。

「お坊ちゃま。お越しになる際は正面玄関からと、カーラは何度申し上げればよいのでしょうか」

「だって、みんな忙しそうだったし。勝手知ったる他人の家、さ。ああ、他人じゃないか」

そう言いながら、勝手にポットの蓋を開け湯気を薫らす茶を覗きこんだ。清々しい香りが鼻をくすぐる。

「タイムが入っているのかな?」

「ティアが殿下にと。身体の温まる、喉に良い配合になっているそうです。私の目の前で用意させたので、問題はないと思いますが……」

カーラがカップに注ぎ入れると、さらに香りが広がった。

「ああ、私は体調不良だったのだな」

厭みを言うと、カーラが果敢にも主に反論する。
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