偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「私たちにひと言もなく外へ出て行かれたかと思ったら、いつの間にお戻りになっていらしたのですか? その上、わざわざお一人で着替えをなさってまでティアと会うなど。『掃除が終わった』と談話室から戻ってきた彼女の顔色が、ずいぶんと蒼かったのですが、いったい何をなさいました? 殿下を怒らせてしまったようだと、いまにも泣き出しそうな顔でこれを用意をしていたのですよ。……失礼いたします」

ひと息に言い募って喉が渇いたのか、毒味を兼ねて香茶を飲もうとしたカーラの手から、ラルドがカップを奪い取って、彼女が止める間もなく飲み干す。

「ティアの出すものに、身体に悪いものなんか入っているはずありませんからね。きっと、殿下のその『声』を心配してのことでしょう」

唇についた雫を指で拭うと、訳知り顔をフィリスに向けた。

「あの者の身元は我がヘルゼント家が保証します。ご安心を。それよりも姫君におかれましては、一日も早くお気持ちが穏やかになられて、健やかに眠れる夜が訪れますよう、心からお祈り申し上げます」

「――その眠れぬ原因をもってきたのは、どこのどいつだ」

苦々しげに言い放つと、フィリスも茶に手を伸ばす。
なおも不安げに見守るカーラの目の前で一口を含むと、白い喉がごくりと動いた。
そこを茶が通っていくときに、ずっと不快に感じていた棘の先がこそげていった気がしたのは、思い違いだろうか。フィリスは首を捻っている。

「殿下には三つもの選択肢をご提案しているではありませんか。それのどこがご不満だと仰るのです?」

その様子を早合点したラルドが、心外だと言わんばかりに大げさに肩を竦めて見せた。
指を一本ずつ立てながら確認をする。

「まず一つ目は、僕の花嫁となり、永遠に『姫』としてこの館でその生涯を終わらせる。そして二つ目が『王女』として同盟の証に隣国の王族に嫁ぎ、謀った罪を負い断頭台の露と消える。まあこの場合は、両国の間に火種を置き土産として残すことができますが」

なにが楽しいのか、ラルドはゆるりと口角を上げた。そして三本目の指を起こす。

「最後です。真実の姿をあきらかにした後に王宮に戻り、この国の第一王子として正当な王位継承権を主張し、次代の王となる。これが三つ目」

青い瞳の奥にゆらりと炎が灯るが見え、フィリスは音を立て乱暴にカップを置き顔をしかめる。
拍子に零れた茶をカーラが素早く片づけた。
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