偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「それとも、どれもが魅力的すぎるゆえのお悩みなのでしょうか。僕としては、ぜひ降嫁してくださると嬉しいのですが。大切にするとお約束しますよ?」

「……心にもないことを」

吐き捨てるように言うと、ラルドは笑みを深めて、腰掛けるフィリスの傍らに片膝をつく。
その白い手を恭しく捧げ持つと、忠誠を誓うかの如く指先へと接吻を落とした。
刹那、憤怒の形相になったフィリスに勢いよく払い除けられても、真意を隠す笑みは崩さない。

「そんなことはありませんよ。『白薔薇の君』と讃えられたロザリー様に生き写しの姫を娶れるなんて、夢のようです」

唇の触れた指を必死になって服に擦りつけているフィリスをおかしそうに眺めながら、ラルドは悠然と立ち上がる。
それを目にしてフィリスはさらに渋面になった。

「またティアの様子を見に伺います。虐めたりしたら、いくら愛しの婚約者殿とはいえお仕置きですからね。――それでは。ごきげんよう、フィリス王女」

開けた扉の前で振り返ったラルドが、完璧な所作で退室の礼をしてみせる。
それに向け、フィリスが手もとにあったカップを投げつけようとして、カーラに奪われていた。

高らかな笑い声が閉じた扉に遮られ、やがてその残滓も消えると、フィリスは長椅子の背にもたれ込む。
ラルドに対し散々に怨嗟の言葉を吐き尽くすと、渇いた喉を潤すために茶を所望した。

注がれた香茶はすっかり冷めたうえに濃く抽出され、香りもいっそう強くなっている。

「淹れ直して参りましょうか」

僅かに眉根を寄せたフィリスにカーラが尋ねるが、痛むほどカラカラの喉には冷たいくらいがちょうど良い。かまわずに口を付けた。
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