偽りの姫は安らかな眠りを所望する
やはり、初日に怒らせてしまったのが原因だろうか。

「なぜ姫は、あんなに薔薇がお嫌いなんでしょう。コニーさんは知ってます?」
「さあ? 私がここへ来たときにはもう、庭には一本の薔薇も咲いてなかったわね」

コニーは顔を上げてそばかすの多い鼻を風上に向ける。すん、と息を吸い込んだ。

「でも、そんなに匂うかしら? 私にはよくわからないけど」

ティアも薄らと額に汗が浮かんできた顔を向ける。
風向きが違うせいかいつもよりは弱いが、間違いなく風の中にあの香りを感じることができた。

「あたしは仕事柄、特別、匂いに敏感すぎるのかな」

それならば、薔薇の香りは館の敷地の外から運ばれてきているのかもしれない。
ティアは今度、時間がもらえたときに周辺を探してみることにした。

大量の洗濯物が夏の風にそよぐ。このぶんなら乾きも早そうだ、と二人はひと仕事を終えて館の中へ戻った。


厨房から漂う甘く香ばしい匂いに誘われ、子どものように入口から顔を覗かせると、バリーが手招きする。

「丁度いいところへ来た。焼きたてを食べていきな」
「いいのっ!?」

コニーが飛び上がって喜ぶと、ティアも頬を綻ばせた。バリーたちの作る焼き菓子は絶品なのである。

「じゃあ、あたしはお茶を淹れます!」

ティアは、厨房の棚の片隅を借りて並べた壺から幾つかを選び取った。
今日は暑いからさっぱりするものがいい。甘い物があるから蜂蜜もなしだ。

ポットの中に乾燥させた香草を数種類、匙で量って入れると、沸かしたての湯をデラが注いでくれた。

「そうだ。ちょっと待っててください」

葉を蒸らしている間に、ティアは再び外へと出ていく。たしか洗濯場の近くにミントが自生していたはず。

ティアの記憶通りの場所に、まだ若いミントの葉が生い茂る一帯をみつけてしゃがみ込んだ。
丁寧に葉を摘むと、爽やかな香りが指先から漂う。

「いい香りだね」

夢中で摘み取っていたティアは、突然後ろからかけられた声に盛大にビクッと肩を跳ねかせた。
手のひらの上から、緑の葉っぱがこぼれ落ちる。

「ごめん、ごめん。驚かせてしまったかな」

振り返って仰ぎ見れば、緩やかな波を打つ蜂蜜色の髪が陽の光を反射していた。
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