偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「なんだ。セオドールさんでしたか」

眩しくて細めた眼が穏やかな翡翠色の瞳と合って、ティアはホッと息を吐く。
その横にセオドールは同じように腰を下ろした。

「せっかく摘んだのに悪いね。手伝うよ」

庭師の彼は手際よく葉を摘み取っていく。その手は毎日太陽に晒されているはずなのに雪のように白い。
熊のようなヘンリーとは大違いだ。

それでも、日々の作業でついたしなやかな筋肉に包まれた身体は、よく均整がとれている。
大きな手の指先で一枚一枚小さな葉を摘まむ様はなんだかちぐはぐで、ティアよりずっと年上なのに可愛らしくさえ思えた。

「これから皆でお茶の時間なんです。セオドールさんもいっしょにいかがですか?」

両手一杯になったミントの葉を受け取ると、ティアは彼を誘う。
日中は独りで外にいることが多いセオドールに対する気遣いからだ。

「ありがとう。でも、やりかけの仕事があってね」
「……そうなんですか」

この館に来てから、まだあまり交流のなかったセオドールと親しくなる良い機会だと思ったティアは、少しがっかりする。
それが彼に丸わかりだったようで、立ち上がるついでに頭をくしゃりと一撫でされた。

「また今度。そのときは果樹園で採れた果物を持って行くよ。フィリス様には内緒でね」

人差し指を唇に立てにこりと笑う。そうすると、優しげな容貌がとたんに甘い香りを放つように感じた。
いや。ティアの気のせいじゃない。思わずセオドールの上衣を掴む。

またしてもミントの葉が手の中から零れていくが、ティアはそれを忘れたように捲し立てた。

「薔薇が……。あなたから薔薇の香りがします!」
「なんだって?」

瞳を丸くしたセオドールは、土埃だらけの自分の服をクンクンと嗅いでみてから首を傾げた。

「君の気のせいじゃないかな。僕にはわからない」
「そんなはずはっ!? じゃあ、この近くで薔薇が咲いているところはありませんか。庭師なら知っているでしょう?」

シワが寄るほど服を掴んだティアの手を、セオドールはそっと剥がす。切なげに眉を寄せて首を横に振った。

「ごめん。本当に知らないんだ。ダグラスを待たせているから、もう行くね」

セオドールは馬丁が待つ厩舎の方へと歩き出した。
その後ろ姿からはいままでのほわりとした雰囲気が抜け、やや強張った空気が感じとれ、ティアはそれ以上の声をかけそびれてしまった。


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