偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「こ、こんな場所までいらっしゃらなくても、いまからお屋敷の方へ伺うところでしたのに」
「でも誰か人をやらなければならないだろう? だったら、僕が来ても同じことじゃないか」
「えっ? でも、ヘンリーさんが……」
訝しんで顔を上げたティアの肩をくるりと回すと、ラルドがぽんとその肩を叩いた。
「久し振りにティアが淹れたお茶を飲みたいな。ごちそうしてくれる? そうだな、カモミールがいい」
彼がぐいぐいと小屋へ向かって肩を押し出してくるので、しかたがなくティアは足を動かす。
ギギィーと耳障りな音を立て木戸を開けると、薄暗い小屋の中に窓から差し込む光で、埃がキラキラと舞っているのが見えた。
こんな汚い小屋に、なんの因果で伯爵家の令息を招き入れないと行けないのか。
しかし考えてみれば、この小屋も彼の家の持ち物だ。拒む理由はみつからない。
「いまお湯を沸かしますから」
簡素な木の椅子を勧め、竈に火を熾して湯を沸かす。
その間にティアは、壁一面を使って作り付けられた棚から陶器製の壺を取った。
「あいかわらず、すごい量だね」
小屋の中を物珍しそうに見渡して、ラルドが感嘆の息を漏らす。
ティアの祖母マールは、香りによって人々の心身の病を癒す腕の良い香薬師としてヘルゼント伯爵家に仕えていた。
その遺産ともいえる精油や香薬の数々が、この小屋には所狭しと置かれているのだ。
技を受け継いだティアが新たに作ったものもあるが、ほんの一部。しかも、質はマールの足下にも及ばない。
それでも一日も早く一人前になろうと、日々努力を重ねていた。
「早く祖母と同じものを作れるようにならなければいけないのですが、まだまだで……」
祖母が遺してくれたものにも限りはある。同じ質のものを作り出せるようにならなければ、と気ばかりが焦っていた。
ほんのりと色付いた茶をカップに注ぐ。黄金色の蜂蜜を少し垂らすのがラルドの好みだった。
彼は熱い茶を一口啜り、爽やかな甘酸っぱい香りと仄かな甘みに相好を崩す。
「そんなことないよ。これはこの春に収穫したものだろう? すごく美味しい」
「……乾燥させただけですから」
特別な手を掛けていないものを絶賛されても、少し複雑な気分である。
「でも誰か人をやらなければならないだろう? だったら、僕が来ても同じことじゃないか」
「えっ? でも、ヘンリーさんが……」
訝しんで顔を上げたティアの肩をくるりと回すと、ラルドがぽんとその肩を叩いた。
「久し振りにティアが淹れたお茶を飲みたいな。ごちそうしてくれる? そうだな、カモミールがいい」
彼がぐいぐいと小屋へ向かって肩を押し出してくるので、しかたがなくティアは足を動かす。
ギギィーと耳障りな音を立て木戸を開けると、薄暗い小屋の中に窓から差し込む光で、埃がキラキラと舞っているのが見えた。
こんな汚い小屋に、なんの因果で伯爵家の令息を招き入れないと行けないのか。
しかし考えてみれば、この小屋も彼の家の持ち物だ。拒む理由はみつからない。
「いまお湯を沸かしますから」
簡素な木の椅子を勧め、竈に火を熾して湯を沸かす。
その間にティアは、壁一面を使って作り付けられた棚から陶器製の壺を取った。
「あいかわらず、すごい量だね」
小屋の中を物珍しそうに見渡して、ラルドが感嘆の息を漏らす。
ティアの祖母マールは、香りによって人々の心身の病を癒す腕の良い香薬師としてヘルゼント伯爵家に仕えていた。
その遺産ともいえる精油や香薬の数々が、この小屋には所狭しと置かれているのだ。
技を受け継いだティアが新たに作ったものもあるが、ほんの一部。しかも、質はマールの足下にも及ばない。
それでも一日も早く一人前になろうと、日々努力を重ねていた。
「早く祖母と同じものを作れるようにならなければいけないのですが、まだまだで……」
祖母が遺してくれたものにも限りはある。同じ質のものを作り出せるようにならなければ、と気ばかりが焦っていた。
ほんのりと色付いた茶をカップに注ぐ。黄金色の蜂蜜を少し垂らすのがラルドの好みだった。
彼は熱い茶を一口啜り、爽やかな甘酸っぱい香りと仄かな甘みに相好を崩す。
「そんなことないよ。これはこの春に収穫したものだろう? すごく美味しい」
「……乾燥させただけですから」
特別な手を掛けていないものを絶賛されても、少し複雑な気分である。