偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「あの。それで、ご用事というのは?」

クレトリア王国の重鎮でもある伯爵とその後継者のラルドは、普段は領地を離れて王都で職務に就いている。
それゆえに、こちらへ戻ってくるのは年に数回程度。とくに行事もない時期に、先触れもなく急に訪れるのはとても珍しいことだった。
しかも帰ってきて早々にティアの元を訪れたとなると、嫌な予感しかしない。

祖母が亡くなって以来、ずっとティアの心の奥で燻り続けている不安がチラチラと姿を見せる。

「――うん。僕としてはとっても寂しいんだけど」

手の中の器に目を落とした低い声が、ティアの心臓をひやりと撫でる。
次第に顔を蒼くしていくティアの肩が小刻みに震えていることに気づいたラルドが、傍らに立ったままでいた彼女の手を引いた。

「とりあえずは座ってくれるかな」
「ですが」

主筋に当たるラルドと同席など、と躊躇う。だが彼は手を離そうとしない。

「僕とティアの仲でしょう? それに、ここにはそれを咎める人は誰も居ないよ」
「……失礼します」

観念してようやく腰を下ろしたティアに、満足そうに目を細め頷いた。
縮こまって俯く彼女を、ささくれのある丸い木の机に頬杖をついてはすに構えたラルドが薄く笑う。

「ティアは、ミスル湖の辺に建つ館にいるフィリス姫のことは知ってる?」

唐突な話題に疑問を感じたが、主同然であるラルドの問いだ。それに問いで返すことなどできるはずがない。
ティアは神妙にコクリと首を縦に動かす。

「お身体が弱く、王宮を離れて療養なさっていると伺いましたが」
「そう。ご幼少の頃から我が家でお預かりしている、この国の第一王女。その、お姫様のところへ君に行ってもらおうと思ってね」

「あ、あたしがですかっ!?」

突然の呼び出しは、てっきり解雇されるものだと思っていたティアは、まさかの異動通告に唖然とする。
もう用無しだ、と放り出されるよりは遥かにましだが、今度は別の点が気にかかってくる。
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