偽りの姫は安らかな眠りを所望する
 * * *

閉め切りのカーテンの隙間から漏れる眩しい光が、フィリスの部屋の中を明るくする。
寝台の上で、気を許せば再びくっついてしまいそうな瞼に己の手を翳し、光を遮ろうとして、その手から仄かな香りがすることに気づいた。

そればかりではない。その香りはフィリス自身を取り巻くように満ちている。
その原因を思い出し、彼はゆるゆると身を起こした。

二日も続けて日の光で目を覚ますなど、どれくらいぶりだろう。
敷布についた手の傍らにあった、小さな染みの縁を指先で円を描くようになぞる。

ティアがこの館に来てから、最低でも毎朝夕、彼女の調合した香茶を飲まされている。
毒の混入などいまさら気にはしていないが、かといって、良い方の効果を期待していたわけでもない。
ただ惰性で出されたものを飲んでいたに過ぎなかった。

それが数日経った頃。慢性的な寝不足で一日中、靄がかかったような状態が続いていた頭が、心無しかスッキリとしているような気がし始めていた。

これといって生活を改めたわけではない。自室で本を捲ることに飽きれば、気晴らしに館を抜け出し遠駆けをしたり、もと宮廷騎士だったダグラスに剣の稽古をつけてもらう。
それに疲れたら、適当な場所で微睡むという、気ままな生活。

湖畔でティアと初めて会ったのも、そんなときだ。


フィリスのもとに、王妃アイリーンの突然の訃報が届いたのが一年前。
そのときから確実に、フィリスの周りが変化していっていた。

己の身体に起きている変化は、その最たるものである。

この数ヶ月だけでも、拳ひとつ分は身長が伸びていた。
それはいまも留まるところを知らず、日々、自分の目線が変わっていく。
それに伴い声も低くなっていった。そのせいで、始終喉の調子がおかしい。

まるで止まっていた時間を取り戻すように、フィリスの身体は急速に大人へと変わろうとしている。

変わらないのはこの髪くらいだろうか。
フィリスが鬱陶しげに絹糸のような長い髪を掻き上げる。
さらさらと指の間を零れていく髪は、彼の中にある最も古い記憶の母親のそれと重なった。

亡くなったアイリーン王妃は、フィリスの母、ロザリーと国王の寵を争った仲である。

ほぼ同時に王宮に入り、「先に男子を産んだ方に王妃の座を与える」という、馬鹿げた王の意向にロザリーの人生は振り回され、果てはフィリスの運命をも大きく狂わされてしまった。

彼の身に起きた急激な変化は、アイリーンがこの世を去ったことで、フィリスを押さえつけていた重しが退けられたせいなのかもしれない。

しかし、それが消えたことにより持ち込まれたさらなる難問が、彼の睡眠を邪魔している原因だった。

< 40 / 198 >

この作品をシェア

pagetop