偽りの姫は安らかな眠りを所望する
フィリスは、このまま世間から存在を忘れられ、静かに一生を終えるものだとばかり思っていた。
政などに興味を持つほど、世の中のことを知っているわけでもない。
なんの知識も技術も持たない自分に、ヘルゼント伯爵家……ラルドは、なにをさせようというのだろう。
いや、なにもわからない傀儡の方が、彼らにとっては都合が良いのかもしれない。
伯爵家には、後見人としてこれまでの世話をしてもらった恩はある。
だがそれも、底意あってのことだと思うと、彼らの言いなりになるのも癪に障る。
取り巻く環境の変化についていけず眠れない夜を過ごし、いっそのこと己の存在を、本当に消してしまえたら……。そんな思考に囚われそうになっていたフィリスの前に現れたのが、安らかな眠りを誘う色を纏ったティアだった。
おどおどとした態度に初めは苛ついたが、カーラから彼女の生い立ちを聞かされ、それも得心がいった。
幼い頃、一度に両親を亡くし、祖母に育てられたという。その祖母も最近他界し、いまは天涯孤独の身。
その身の置き所が定まらないがゆえなのだと、よく似た立場のフィリスには容易に想像がつく。
「自分と同じだ」と言えば、カーラの顔が曇ることはわかっていたので、喉まで出かかったそれを呑み込んだ。
それにしても扱いに困る娘だ、と嘆息を吐く。フィリスは同世代の人とかかわる機会ほとんどない。
この館で唯一年の近いのはコニーだが、二十三という歳のわりにはぼうっとしたところが多く、そのくせ他の使用人たち同様、職人気質のところもある。彼女は別の意味で扱い難い。
以前に何度か、気まぐれを起こしたラルドが彼を夜の街に連れ出したことがある。
目立つ髪を隠すため、深く帽子を被って俯き、暗い表情でいる少女のような容姿のフィリスより、話術も巧みな美青年ばかりに年頃の娘たちの耳目が集まり、ろくに会話すら成り立たないことの方が多かった。
政などに興味を持つほど、世の中のことを知っているわけでもない。
なんの知識も技術も持たない自分に、ヘルゼント伯爵家……ラルドは、なにをさせようというのだろう。
いや、なにもわからない傀儡の方が、彼らにとっては都合が良いのかもしれない。
伯爵家には、後見人としてこれまでの世話をしてもらった恩はある。
だがそれも、底意あってのことだと思うと、彼らの言いなりになるのも癪に障る。
取り巻く環境の変化についていけず眠れない夜を過ごし、いっそのこと己の存在を、本当に消してしまえたら……。そんな思考に囚われそうになっていたフィリスの前に現れたのが、安らかな眠りを誘う色を纏ったティアだった。
おどおどとした態度に初めは苛ついたが、カーラから彼女の生い立ちを聞かされ、それも得心がいった。
幼い頃、一度に両親を亡くし、祖母に育てられたという。その祖母も最近他界し、いまは天涯孤独の身。
その身の置き所が定まらないがゆえなのだと、よく似た立場のフィリスには容易に想像がつく。
「自分と同じだ」と言えば、カーラの顔が曇ることはわかっていたので、喉まで出かかったそれを呑み込んだ。
それにしても扱いに困る娘だ、と嘆息を吐く。フィリスは同世代の人とかかわる機会ほとんどない。
この館で唯一年の近いのはコニーだが、二十三という歳のわりにはぼうっとしたところが多く、そのくせ他の使用人たち同様、職人気質のところもある。彼女は別の意味で扱い難い。
以前に何度か、気まぐれを起こしたラルドが彼を夜の街に連れ出したことがある。
目立つ髪を隠すため、深く帽子を被って俯き、暗い表情でいる少女のような容姿のフィリスより、話術も巧みな美青年ばかりに年頃の娘たちの耳目が集まり、ろくに会話すら成り立たないことの方が多かった。