偽りの姫は安らかな眠りを所望する
そんなフィリスだったから、ついいつもの調子で声を荒らげてしまい、ティアに泣かれそうになったときには、心底困惑してしまう。
カーラやラルドに釘を刺されたからと言うわけではないが、なぜか一方的に小動物をいたぶっているような罪悪感が生まれるのだ。

あの程度で泣くとはなんと面倒くさい。だが、彼女の淹れる香茶は、フィリスのささくれ立った心に、どういうわけか潤いを呼ぶ。
手放すにはまだ、惜しい。そう感じた彼の口からは、無意識に謝罪の言葉がついて出ていた。

男であることを悟られぬため、フィリスはティアとの接触をできるだけ避けていた。
その上、一度ならず怒鳴ってしまったのだ。怖がられたかもしれない。
そう思った自分がおかしくなる。

ところが、いきなり手を掴まれて驚いた。
赤子のときに母と離されたフィリスは、実の親にさえ手など握られた記憶がない。使用人たちはなおさらのこと。名目上だけは“王女”の肩書きを持つのだから、それも当然といえる。

唯一の例外が脳裏に浮かび、フィリスは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

フィリスは、やけにしっとりとしている右手を目の前で広げる。
そういえば、昨夜ティアが足も施術したいと言っていたのを思い出す。
さすがにそれは厳しいだろう。フィリスは夜着の裾を捲り上げて、脹ら脛の張る両脚を眺めた。

もういい加減気づいてくれないかと思う。無理な声を出すのにも、より喉の負担を感じるようになってきている。
いっそのこと、こちらの方から告げてしまおうか。

そのときの驚くティアの顔が簡単に想像できて、思わずクスリと笑みを零した。
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