偽りの姫は安らかな眠りを所望する
遠慮がちに扉を叩く音が聞こえフィリスが返事をすると、ゆっくりと開かれた扉から、ティアの顔が覗く。

「おはようございます、フィリス様。もうお目覚めでしょうか」

「返事をしたのだから、起きている」

慌てて精油が香る掛布を身体に巻き付け、寝台の上で身を縮める。
本当のとこを明かしても良いと思っていたはずなのに、フィリスはなぜか真逆の行動をとっていた。
そんな姿を見たティアが顔を曇らせる。

「よくお休みになれませんでしたか? お熱があるのでしょうか」

無遠慮に伸ばされた手から、フィリスは自分の右手で額を守り顔を逸らす。

「いや、しっかり寝た。熱などない」

「……でしたら、よろしいのですが」

ティアは不満げに首を傾げ、曳いてきたワゴンから手拭きを取った。

「昨日は失礼いたしました。手をお拭きしますので」

言われてフィリスは、昨夜、ティアが戻るのを待つ僅かな時間のうちに寝入ってしまったことを思い出した。
度重なる醜態に、心ならず顔が熱くなる。

決まりの悪さに髪の毛をわしわしとかき混ぜそうになった右手を、ティアが素早く掴み取った。

「お止めください。せっかくの髪が絡まってしまいます」

掴んだそのまま自分に引き寄せ、濡れた布で丁寧に拭き始めてしまう。

「今度、香油で髪もお手入れさせてくださいませんか? きっと、いま以上に艶が出てお美しくなられますよ。それに、一日中良い香りに包まれて過ごせるんです」

視線はフィリスの右手に据えたまま楽しそうに話す様子には、いつも見え隠れする不安の影は見あたらない。
どうやらティアは『香り』のことになると、人が変わったように大胆にも積極的にもなるらしい、とフィリスは気づく。

空いている左手で一房己の髪を摘まみ、ふんっと鼻を鳴らした。ティアが不思議そうに顔を上げる。

「髪など、別にどうでもよい。いずれは切るものだ」

「えっ、どうしてです? こんなにキレイなのに」

羨ましそうにフィリスの髪を見る彼女の髪は、無造作に後ろでひとつに編まれていた。
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