偽りの姫は安らかな眠りを所望する
フィリスは片腕を伸ばし、縄のような髪の先を手に取ると括り紐を解く。はらりと解けたティアの闇色の髪が肩を覆った。
「ティアこそ、せっかくの美しい髪なのだから、下ろしていれば良いのに」
腰のある髪をさらりと梳くと、仄かにゼラニウムの香りが揺れる。匂いに誘われ、フィリスが指先に絡ませようとしたそれを、ティアがいまにも泣きそうな顔で奪い返した。
「か、からかわないでくださいっ! そんなはずないじゃないですか!?」
フィリスは訝しむ。先日と違い、いまは大声を出したわけではない。むしろ、褒めたつもりでいたのだが、なぜ彼女はそのように悲痛に眉を寄せるのか。
――やはり扱いづらい。
「なぜそう思う? 私が嘘を吐いたとでも?」
もはや性別を装う気にもなれず、フィリスは地のままで問う。低い声の語気は厳しいものに感じられたんだろう。ティアの肩が小さく跳ねた。
「……どうしてフィリス様は、平気で触れられるのです? 闇の、魔の色をしたこの髪に」
「魔の色?」
ティアの言葉に、フィリスが尋ね返す。
「いったい誰に、そんな時代錯誤なことを吹き込まれた?」
たしかにこの国では、濃い色を宿す身体には魔も宿る、という言い伝えがあった。
それゆえに誤解を生み、南方の国との争いが絶えなかった歴史も記録に残されている。
だがそのような話はいまから数世代も以前のこと。現在は南の国々とも友好な関係を築き、交易も盛んに行われていた。
そのような因習に囚われているのは、よほどの山奥に住む年寄りか、個人的に南の国に恨みを持つ者くらいだろう。
「誰って……。どういう意味でしょうか?」
戸惑いにティアの濃紺の瞳が揺れ、くしくも夜空で星が瞬いているようにも見える。
「ティアこそ、せっかくの美しい髪なのだから、下ろしていれば良いのに」
腰のある髪をさらりと梳くと、仄かにゼラニウムの香りが揺れる。匂いに誘われ、フィリスが指先に絡ませようとしたそれを、ティアがいまにも泣きそうな顔で奪い返した。
「か、からかわないでくださいっ! そんなはずないじゃないですか!?」
フィリスは訝しむ。先日と違い、いまは大声を出したわけではない。むしろ、褒めたつもりでいたのだが、なぜ彼女はそのように悲痛に眉を寄せるのか。
――やはり扱いづらい。
「なぜそう思う? 私が嘘を吐いたとでも?」
もはや性別を装う気にもなれず、フィリスは地のままで問う。低い声の語気は厳しいものに感じられたんだろう。ティアの肩が小さく跳ねた。
「……どうしてフィリス様は、平気で触れられるのです? 闇の、魔の色をしたこの髪に」
「魔の色?」
ティアの言葉に、フィリスが尋ね返す。
「いったい誰に、そんな時代錯誤なことを吹き込まれた?」
たしかにこの国では、濃い色を宿す身体には魔も宿る、という言い伝えがあった。
それゆえに誤解を生み、南方の国との争いが絶えなかった歴史も記録に残されている。
だがそのような話はいまから数世代も以前のこと。現在は南の国々とも友好な関係を築き、交易も盛んに行われていた。
そのような因習に囚われているのは、よほどの山奥に住む年寄りか、個人的に南の国に恨みを持つ者くらいだろう。
「誰って……。どういう意味でしょうか?」
戸惑いにティアの濃紺の瞳が揺れ、くしくも夜空で星が瞬いているようにも見える。