偽りの姫は安らかな眠りを所望する
互いに互いを探るような雰囲気の中、訪ないを告げる声が聞こえた。

「おはようございます、フィリス様。カーラでございます」

我に返ったティアが扉を開けると、カーラは目を見開いた。

「ティア! あなた、いつからこの部屋にいたのです?」

視線を部屋の奥の寝台へと滑らせ、険しい表情をする。

「ええっと、少し前です。昨日の夜の片付けが済んでなかったので……」

「そう、だったの」

あからさまにホッと息を吐くカーラに、ティアは首を傾げていた。

「そうでした! 昨夜、寝具を汚してしまったのです。姫様、敷布をお取り替えしますので、寝台から下りていただいてもよろしいでしょうか?」

ティアが早朝からフィリスの部屋を訪れていた理由を聞いて、またカーラがぎょっと目を剥く。
胡乱な目差しを向けられたフィリスは、必死で首をふるふると振った。

「茶だ! 茶を少し零してしまっただけだ」

身体に掛布を身体に巻き付けたまま寝台から下りながらフィリスが、小さな薄茶色の染みを指で示し弁明する。
その彼に、ティアが腕を伸ばして掛布を渡せと要求してきた。

「そちらもお願いします。早く洗わなくては、油染みが落ちなくなってしまいますから」

「あ、いや。これは……」

しどろもどろになりながら、カーラに助けを求める視線を送る。
それを受け、額に手のひらを当てながら、カーラはため息を吐き出した。

「……ティア。フィリス様にお茶を淹れて差し上げたら、厨房を手伝ってきてちょうだい。デラが腰を痛めて大変そうなの」

「えっ? 本当ですか」

驚いたティアはやや濃く出てしまった香茶を焦りながら注ぎ、敷布を抱えて部屋を出ようとして振り返る。その目は、布にくるまったまま茶を飲んでいるフィリスに向けられていた。いまだ手放されない掛布に未練があるらしい。

「……あとで私が洗濯場へ持っていきますから」

あきれながら言うカーラの言葉に頭を下げ、「それから」と遠慮がちに申し出る。

「デラさんの具合にもよるのですが、午後にでも少しお暇をいただけますか?」

カップから顔を上げたフィリスが訝る。

「なにか用事でも?」

「はい。伯爵様のお屋敷に香薬や精油などを取りに戻りたいのです。持ってきたもの以外にも、いくつか必要なものがでてきましたので」

「急ぎなのか? 街から取り寄せるなり、ラルドに持ってこさせるなりすれば良いではないか」

ヘルゼントの屋敷までは、馬を使ってもそれなりに時間がかかる。昼過ぎにここを出るのでは、帰りが暗くなってしまうだろう。
若い娘がひとりで暗い道を通るのは、いくら治安が良いと言われているこの辺りでも危なっかしい。
フィリスなりの気遣いから出た提案だったのだが。
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