偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「ラルド様になんて、とんでもないっ! お忙しいのに、お手を煩わせることなんてできません」

むきになって断る。それがなぜかフィリスは気に入らない。
むすっとした顔で、カーテンの閉められたままの窓を見やった。

「なら勝手にすればいい。別にそなたなどがいなくても、この館に支障はない」

「フィリス様っ!」

カーラの小さいが厳しい声にフィリスが煩げに首を巡らせると、ドアの前で唇を噛みしめ俯くティアが視界に入る。
はあ、とため息が出てしまう。なぜ仮にも王族たる自分が、たかが香薬師の娘如きにここまで振り回されているのか。

「……デラが大事ないようなら、昼過ぎとは言わず、用意ができ次第出発するがいい。カーラ。ダグラスに、いつでも馬車が使えるよう準備しておくように言っておけ」

「馬車なんて、お借りできませんっ!」

ティアはまたも、フィリスの提案を拒む。

「ではどうやって屋敷まで行くつもりなのだ?」

「それはその……。歩いて?」

一瞬の間があった後、フィリスから失笑が漏れティアが顔を赤くする。

「あ、脚には自信があるんですっ! 毎日のように香草を探して森の中を歩いていましたから」

カーラからもクスクスとした忍び笑いも聞こえ、仲立ちを買って出た。

「せっかくのフィリス様のご厚意です。ティア、ありがたくお受けなさいな。でないと、今日中に戻って来られなくなりますよ? 明日も仕事を休むつもりならそれでも構いませんが」

「そんなつもりはありません! 必ず帰ってきます」

「だったら、ほら。急がないと、あっという間にお昼になってしまいます。さあ、行った行った」

カーラは追い立てるようにティアの肩を押して部屋から出すと、パタンと閉じた扉を背に大きく息を吐いた。

「あまり年寄りの寿命を縮めるようなことは、なさらないでくださいまし。ティアがこの部屋に一晩中いたのかと、肝を冷やしました」

「そのようなこと、あるはずがないだろう。だいたい、彼女はまだ私を女だと思っているらしいからな」

フィリスはバサリと掛布を放り投げ、自ら衣裳部屋の扉を開ける。
女物の衣裳にかけた手を引っ込め、奥に寄せられていた、動きやすい男物を身に着けた。

その格好にカーラが、しばらくは女装を続けるのではなかったのかと首を傾げる。

「今日はあの娘も留守にするのだろう? だったら窮屈な格好は必要ない」

わずかに開けた窓から空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。今日は暑くなりそうだった。

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