偽りの姫は安らかな眠りを所望する
単調な一本道を馬車で走りながら、小屋に置いてきた香薬の在庫を思い浮かべる。
マールが作ったもので、残りが少なくなってきた種類もある。
幸い、館の近くには、多種多様な草花が生えているようだ。暇を見つけて採集しなくては。

あれこれと思惟に沈んでいたティアは、真横に並ばれるまで、ほかの馬が荷馬車に近づいていたことに気づかなかった。

「おい。おいっ!……おいっ!!」

雑多な音に紛れ聞こえてきた声に、ようやくティアが併走する馬上の人物の方を見た。

「はいっ? えっ!?」

慌てて手綱を引くと、馬が迷惑そうに嘶いて脚を止める。
立派な体躯をした青毛の馬は、数歩先で止まってから乗り手の指示に従い首を巡らせた。

「あなたは……」

馬の背から見据える、覚えのある紫の瞳。湖の畔で会った正体不明の少年だ。身構えたティアに、容赦ない叱責が飛んできた。

「なぜすぐに停まらないっ!?」

「ごめんなさいっ!……って、いったいなんの用?」

不機嫌な顔で責められて思わず謝ってしまったティアだったが、そもそもこんな田舎道で声をかけられるなんて予想外のこと。非難されるのは不本意だ。

一方少年――フィリスは、反論されるとは微塵も思っていなかったようで、高い位置からティアを見下ろす視線を、いっそう冷ややかなものにする。

「用とはなんだ。ダグラスから話を聞いて、人がわざわざ追いかけてきてやったというのに」

「ダグラス? あなた、ダグラスさんと知り合いだったの?」

この期に及んでも、まだ彼がフィリスだと気づかないティアが訝しむ。苛立たしげに舌打ちをして、帽子にやったフィリスの手が、はたと止まった。

「ああ、そうだ。娘ひとりで遠出すると聞いたから、付いて行ってやれと言われて来た」

尊大に胸を反らしたフィリスの姿に、ティアは小さく安堵の息を吐いた。

「なんだ。やっぱり、あの館と関係のある子だったのね。姫様は精霊だ、なんて冗談しか教えてくださらなかったし」

「……子?」

目深に被った帽子の下で、フィリスの形良い眉の片方がぴくりと跳ねる。

「わた……オレは、子どもではないっ!」

急に怒鳴りだした彼に馬が驚き首を振り、ティアも訳が分らず目を瞬かせた。

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