偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「無理です! 姫君のお世話などあたしにはできません!!」
ただの香薬師見習いであるティアの作法も言葉遣いも、王族に仕えられるようなものではない。
下手をしたら、不敬罪で彼女の首が飛んでしまうだろう。
「心配しなくても大丈夫。彼女はこんな片田舎で育ったからね。堅苦しいところのない、気さくな姫だよ」
ラルドにそういわれても、ぶるぶると首を振って抵抗を試みる。
亡き母が前国王の姪だという優良血統の彼にとっては、遠い親戚くらいの気安さがあるのかもしれないが、生まれも育ちも庶民のティアにとっては、王族など雲の上の住人に等しい。
こうして伯爵令息と面と向き合って話すことさえ、本来ならあり得ないことなのだから。
「そんなこといわれても、無理です」
必死になって涙目で訴えた。
いくら自分がこの屋敷で役に立たないからとはいえ、転勤先とするにはあまりにも無茶苦茶な話だ。
だが事態は、ティアの思惑とは全く違う方向へと展開していく。
「――あまり大きな声では言えないんだけど。実はね、姫は近頃眠れないそうなんだ」
「え?」
二人以外は誰もいない小屋なのにラルドの潜められた声に、思わず小さく聞き返す。
「毎夜寝付けずに明け方になってようやく眠りの淵についても、すぐに悪夢で目が覚めてしまうとお嘆きだったな。ここへ戻る前に館へ寄ってお会いしてきたのだけど、お美しいお顔がずいぶんとやつれてしまわれていたよ」
普段は柔らかな表情を創る整った眉をひそめる深刻そうな面持ちは、状況の重大を感じさせるのに十分だ。
「原因は? どうしてそのようなことに?」
ただでさえ身体が弱いのに、その上不眠だなどとは。下手をしたら命にも関わってくるのではないだろうか。
心配になったティアは身を乗り出して理由を聞き出そうとするが、ラルドはゆるりと首を横に振った。
「それが、本人にもよくわからないらしいんだよ。僕も困っちゃってね」
不眠となる原因は心の問題が多いとマールから聞いたことがあるが、なにせ相手は王族だ。相手がラルドだとしても、軽々しく口に出せるものではない可能性も捨てられない。
ティアの頭の中では、無意識にいくつかの不眠に効く香りの処方が組み立てられていく。
「陛下からお預かりしている大切な姫君に万一のことがあれば、この家の存続にも関わる一大事だし」
ため息交じりのラルドの声に意識を引き戻されたティアの目が、限界まで見開かれる。
そんなことになったら、自分は勤め先を失うどころか、路頭に迷った末に野垂れ死ぬのは必至だ。
ただの香薬師見習いであるティアの作法も言葉遣いも、王族に仕えられるようなものではない。
下手をしたら、不敬罪で彼女の首が飛んでしまうだろう。
「心配しなくても大丈夫。彼女はこんな片田舎で育ったからね。堅苦しいところのない、気さくな姫だよ」
ラルドにそういわれても、ぶるぶると首を振って抵抗を試みる。
亡き母が前国王の姪だという優良血統の彼にとっては、遠い親戚くらいの気安さがあるのかもしれないが、生まれも育ちも庶民のティアにとっては、王族など雲の上の住人に等しい。
こうして伯爵令息と面と向き合って話すことさえ、本来ならあり得ないことなのだから。
「そんなこといわれても、無理です」
必死になって涙目で訴えた。
いくら自分がこの屋敷で役に立たないからとはいえ、転勤先とするにはあまりにも無茶苦茶な話だ。
だが事態は、ティアの思惑とは全く違う方向へと展開していく。
「――あまり大きな声では言えないんだけど。実はね、姫は近頃眠れないそうなんだ」
「え?」
二人以外は誰もいない小屋なのにラルドの潜められた声に、思わず小さく聞き返す。
「毎夜寝付けずに明け方になってようやく眠りの淵についても、すぐに悪夢で目が覚めてしまうとお嘆きだったな。ここへ戻る前に館へ寄ってお会いしてきたのだけど、お美しいお顔がずいぶんとやつれてしまわれていたよ」
普段は柔らかな表情を創る整った眉をひそめる深刻そうな面持ちは、状況の重大を感じさせるのに十分だ。
「原因は? どうしてそのようなことに?」
ただでさえ身体が弱いのに、その上不眠だなどとは。下手をしたら命にも関わってくるのではないだろうか。
心配になったティアは身を乗り出して理由を聞き出そうとするが、ラルドはゆるりと首を横に振った。
「それが、本人にもよくわからないらしいんだよ。僕も困っちゃってね」
不眠となる原因は心の問題が多いとマールから聞いたことがあるが、なにせ相手は王族だ。相手がラルドだとしても、軽々しく口に出せるものではない可能性も捨てられない。
ティアの頭の中では、無意識にいくつかの不眠に効く香りの処方が組み立てられていく。
「陛下からお預かりしている大切な姫君に万一のことがあれば、この家の存続にも関わる一大事だし」
ため息交じりのラルドの声に意識を引き戻されたティアの目が、限界まで見開かれる。
そんなことになったら、自分は勤め先を失うどころか、路頭に迷った末に野垂れ死ぬのは必至だ。