偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「でもあなた、まだ十五、六でしょう?」

口調は生意気だが、スラリと線の細い身体はまだまだ少年のものだ。ティアより年上だとは思えない。

「ふざけるな! オレは十七だ。来月には十八になるっ!! おまえこそ、オレより年下だろうが」

数歳の差をむきになって主張する様は、どう見ても子どもである。その態度にティアはクスリと笑ってしまい、ますますフィリスの機嫌を損ねてしまう。

「……ごめんなさい。でも残念ね、やっぱりあたしのほうが年上だわ。だって、三ヶ月前に十八歳になったもの」

「な、んだ、と……」

顔に血の上らせているフィリスを置いて、ティアは再び馬車を走らせ始めた。
まだ道程は半分ほど残っており、道草を食っている暇はそれほどない。

すると、フィリスも轡を並べて進めさせる。むすっと顔をしかめたままついてくる気なのだろうか。

「本当に一緒に行くの? 大丈夫よ、あたしひとりでも」

「暇だから付き合ってやるだけだ」

プイッと横を向いてしまった。その横顔は、やはり姫によく似ているとティアは思う。
だが背筋を伸ばし危なげなく馬に跨がる姿は、深窓の姫君とはまったく重ならない。

それに、初めて会ったときからそれほど月日が経ったわけではないのに、ずいぶんと彼の面差しが変わったように感じられる。

少年というより中性的な雰囲気で、フィリスに『精霊』といわれても納得してしまいそうなほど、儚げな印象だった。
それが今は、少年から青年へと移行する課程が見受けられ、朧気だった存在が今はしっかりと捉えられる。間違っても彼から、精霊などという人外の気配は少しも漂ってこない。

この世のものとは思えないほど整った顔立ちは、変わらないけれど……。
彼の美しすぎる横顔をまじまじと見つめてしまっていた自分に気づき、赤面したティアは焦って顔を正面に直した。

「ねえ、あなたの名前は? あたしはティアよ。あの館で働いてるの。」

同行するなら、それくらいは教えてもらわないと不便だと、車輪の音に負けないよう声を張り上げる。
身なりからして使用人というわけではなさそうだが、ダグラスに頼まれたというからには、それほど高い身分でもないのかもしれないと、ティアは高を括る。

「名か? フィ……フィルだ。そう、フィル」

自分に言い聞かせるようにフィリスは偽名を名乗ったが、ティアは「そう。よろしくね」とあっさりと受け入れた。

音と距離に阻まれ、それ以上の込み入った話をするのは難しい。今のように大声で話していては、着くまでに疲れてしまうだろう。
そっぽを向いたままの彼も、積極的に会話をする気はないようだ。

眩しい夏の陽差しの下を、言葉少ないふたりを乗せた一台の荷馬車と青毛の馬は、並んでヘルゼント伯爵の屋敷へと向かった。
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