偽りの姫は安らかな眠りを所望する
屋敷に着くと、庭木の手入れをしていたヘンリーが出迎えてくれる。
あいかわらずの髭に覆われた大きな顔をくしゃりと綻ばす。
「よう! 元気でやってるのか?」
「はいっ! 今日は、小屋の香薬を取りに戻ったんです」
久しぶりの再会を喜ぶティアの後ろに立つフィリスを、ヘンリーが不審な眼で見る。
「そっちの坊ちゃんは?」
途端彼の目つきに鋭さが増し、ヘンリーは困ったようにティアを見る。どうやら「坊ちゃん」が気に入らなかったようだ。
「ええっと、フィルです。お供? 付き添い? とにかく、向こうのお館から一緒に来てくれたんです。怪しい人ではありません」
届かないように小さく「たぶん」と付け足した。ティアもなんと説明していいのか戸惑う。
たしかに身元のよく分らない人物を、伯爵の屋敷に入れるのは問題だ。だが、ダグラスとも知り合いのようだし、盗みを働いたりするほど、生活に困っているようにも見えない。
なにより、そんな不届きな行いをする人には、ティアにはどうしても思えなかった。
「……護衛だ。疑うなら、ここの主に確かめればよい。ああ、主は留守か。なら家令か侍女頭にでも聞いてみろ」
横柄な態度で、フィリスは腰に佩いていた剣を鞘ごとヘンリーに押しつける。訳も分らず両手で受け取ってしまったヘンリーが、何気なく剣に落とした視線の先でみつけた紋章に目を瞠った。
「こ、これは、失礼しました。こちらはお返しいたします」
頭を下げて恭しく剣を差し出す。今度はティアが、彼を不審に思う番だった。
「ヘンリーさん、彼のことを知っていたんですか?」
「ティア。おまえさん、このお方がどなた知らないのかい?」
ヘンリーが急に彼に対する言葉遣いを変える。ますます困惑してフィリスを問い質した。
「フィル。あなたって、偉い人だったの……ですか?」
となれば、道中の自分の態度は問題になるのだろうかと不安がよぎる。
それを察したフィリスは、小さく首を横に振って、口角を片側だけ上げた皮肉な笑みを作った。
「いままで通りで構わない。偉ぶっているのは父親だ。オレはただの……。まあ、いい。行くぞ」
無造作に剣を受け取ったフィリスが言葉を濁し、馬の手綱を引き歩き始めてしまう。
「待って! ヘンリーさん、馬車を預かってください。――フィル、そっちじゃないわ!」
追いかけるティアの声で振り返ったフィリスが、腹立ち紛れに舌打ちするのが聞こえた。
勝手に付いてきて勝手に間違えたくせに、勝手に怒っている。やっぱり子どもみたい。
ティアは素性もわからない彼のことを、なんとなく放っておくことができないと感じていた。
あいかわらずの髭に覆われた大きな顔をくしゃりと綻ばす。
「よう! 元気でやってるのか?」
「はいっ! 今日は、小屋の香薬を取りに戻ったんです」
久しぶりの再会を喜ぶティアの後ろに立つフィリスを、ヘンリーが不審な眼で見る。
「そっちの坊ちゃんは?」
途端彼の目つきに鋭さが増し、ヘンリーは困ったようにティアを見る。どうやら「坊ちゃん」が気に入らなかったようだ。
「ええっと、フィルです。お供? 付き添い? とにかく、向こうのお館から一緒に来てくれたんです。怪しい人ではありません」
届かないように小さく「たぶん」と付け足した。ティアもなんと説明していいのか戸惑う。
たしかに身元のよく分らない人物を、伯爵の屋敷に入れるのは問題だ。だが、ダグラスとも知り合いのようだし、盗みを働いたりするほど、生活に困っているようにも見えない。
なにより、そんな不届きな行いをする人には、ティアにはどうしても思えなかった。
「……護衛だ。疑うなら、ここの主に確かめればよい。ああ、主は留守か。なら家令か侍女頭にでも聞いてみろ」
横柄な態度で、フィリスは腰に佩いていた剣を鞘ごとヘンリーに押しつける。訳も分らず両手で受け取ってしまったヘンリーが、何気なく剣に落とした視線の先でみつけた紋章に目を瞠った。
「こ、これは、失礼しました。こちらはお返しいたします」
頭を下げて恭しく剣を差し出す。今度はティアが、彼を不審に思う番だった。
「ヘンリーさん、彼のことを知っていたんですか?」
「ティア。おまえさん、このお方がどなた知らないのかい?」
ヘンリーが急に彼に対する言葉遣いを変える。ますます困惑してフィリスを問い質した。
「フィル。あなたって、偉い人だったの……ですか?」
となれば、道中の自分の態度は問題になるのだろうかと不安がよぎる。
それを察したフィリスは、小さく首を横に振って、口角を片側だけ上げた皮肉な笑みを作った。
「いままで通りで構わない。偉ぶっているのは父親だ。オレはただの……。まあ、いい。行くぞ」
無造作に剣を受け取ったフィリスが言葉を濁し、馬の手綱を引き歩き始めてしまう。
「待って! ヘンリーさん、馬車を預かってください。――フィル、そっちじゃないわ!」
追いかけるティアの声で振り返ったフィリスが、腹立ち紛れに舌打ちするのが聞こえた。
勝手に付いてきて勝手に間違えたくせに、勝手に怒っている。やっぱり子どもみたい。
ティアは素性もわからない彼のことを、なんとなく放っておくことができないと感じていた。