偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「ティアはここに住んでいたのか?」

ヘルゼントの屋敷から少し離れたところに建つ小屋の前で、フィリスがしみじみと零す。彼の目には、物置か作業小屋に映ったのだろう。

それも当たらずとも遠からず、と苦笑いでティアが閂を開け戸を開けた。
屋内の微かに干した草の香りが混じる空気が、外に向かって流れてくる。窓も開け放ち陽の光と空気を外から取り込んだ。
すると、ついこの間まで暮らしていた懐かしい部屋に、たちまちのうちに戻っていく。

ときどきヘンリーたちが掃除をしてくれているらしく、さほど埃も積もっていない。これなら、閉め切った中での保存を心配していた香薬たちも大丈夫だろう。
もと同僚たちの気遣いに感謝したティアは、さっそく作業に取りかかった。

今日持って帰りたい壺や小瓶、道具類を次々と取り出す。小さな机の上は、あっという間にいっぱいになってしまう。
しまいには床にまで並べたものだから、愛馬に水を飲ませて戻ったフィリスが、下に置かれた壺に足を引っかけそうになって焦っていた。

「すごい量だな。これを全部持っていくつもりか?」

「せっかく来たからね。次はいつになるかわからないし」

壺や瓶に付けられた表示を確認する手を止めずにティアが答える。
手持ち無沙汰のフィリスは、狭い小屋の中を物珍しそうに眺めていた。

「このくらいでいいかな。馬車まで運ぶの、手伝ってくれる?」

「はっ!? オレが、か?」

窓から外を眺めていたフィリスが不服げに眉をひそめたが、もう一度空を見上げて、仕方ないとばかりのため息を吐いた。

「ありがたく思え。手伝ってやる」

「うん、ありがとう! 助かるわ」

ティアが気をつけて瓶やら壺やらを詰めた重たい木箱を、一見細身のフィリスが馬上で軽々と受け取る。
それを荷馬車まで運ぶという作業を何往復か繰り返し、ようやく小屋の中がスッキリと片付いた。
< 52 / 198 >

この作品をシェア

pagetop