偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「お疲れさま。あたしひとりじゃなくて、本当によかった」

最後の箱を運び終わり戻ってきたフィリスに労いの言葉をかけ、ヘンリーが約束してくれた通り、きちんと手入れされていた香草畑で採ったミントの葉を浮かべた、汲みたての冷たい水を差し出す。

彼は「ただの水か」と文句を言いたげな視線を寄越したが、ひと仕事をして喉が渇いていたらしく一気に呷る。
鼻に抜けるすっとした感じが気に入ったのか、おかわりまで催促された。

「そうだ。焼き菓子をもらっていたの」

出かけに貰った包みを机の上に広げると、香ばしく甘い香りが空っぽになっていた胃を刺激する。
ふたりで争うように口に運ぶと、すぐに完食してしまう。
少しだけ腹にものが入ってしまったせいで、逆に空腹に拍車がかかってしまった。

「なんか、食べられるものがあったかな……。あっ!」

物足りなさを感じたティアは低い位置に設えられた扉の中を、床に膝をついた姿勢でゴソゴソと探る。
頭を突っ込んでお尻が飛び出したあられもない格好に、後ろでフィリスが苦い顔をしていることなど、彼女はもちろん知らない。

「あっ、あった!……と、あれ?」

やっと顔を出したティアの右腕は大きめの瓶を抱え、左には手のひらにすっぽりと収まってしまうほど小さな瓶が握られていた。
大きな方をドンと机に置く。中には酢漬けになった野菜が入っている。

「姫様のお館に行く前に作ってあったのを忘れてたの。たぶん食べられるはず」

「たぶん?」

微妙な言い回しに不安を覚えたフィリスに不信感たっぷりに問われたけれど、ティアは必死で蓋を開けようとしていた。

「……貸せ」

ため息ひとつの後、彼女の手からフィリスが瓶をもぎ取る。
よほど固く締めたのか、なかなか蓋は開かずに、むきになった彼の顔が赤くなっていく。

「もう諦めようよ」

「いいや、絶対に開ける」

右がダメなら左で、というように手を変えてみたり、蓋を叩いてみたり。フィリスはいろいろと試みている。
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