偽りの姫は安らかな眠りを所望する
そんな彼を尻目に、ティアは一緒に取りだした小瓶を、ためつすがめつして見てみていた。
物入れの最奥に忘れられたように置かれていたそれは、精油の瓶に見えるが中身の表示はない。しかも不思議なことに、厳重な封印がしてあるのだ。

振ってみると、小さな水音が聞こえる。なにか危険なものなのだろうか。
恐る恐る封に指をかけた。と、そのとき。

「開いた!」

喜びいっぱいの声が小屋の中で響く。ティアは慌てて小瓶を前掛けのポケットに入れた。

「すごい! さすが男の子ね」

小さな子どもを褒めるような口ぶりが、またも彼の機嫌を損ねる。フィリスは眉根を寄せながら、右手をしきりに振ったり握ったりを繰り返す。

「手、どうかしたの?」

「ああ、たいしたことじゃない。蓋が固くて力を入れすぎたらしい」

苦笑して、赤くなった手のひらをティアに見せる。切れたり皮が剥けたりということはなさそうだが……。

「ちょっと見せてちょうだい」

差し出された右手をティアは確かめようとした。
少し熱を持つ彼の手を両手で持った瞬間、既視感を覚えて言葉が零れる。

「……この手?」

ぎくりと息を詰めたフィリスが引っ込めようとするが、ティアのふたつの手はしっかりと彼の右手を握り捕まえてしまっていた。
数えるほどしか触れていないけれど、間違いようがない。
今朝も、丁寧に拭き清めたばかりの白い手。きめ細やかで、少女のものとしては少し大きめの、不自然なマメがある手。

「フィル。あなた……」

見開かれたティアの視線を受け、フィルはふっと冷笑を浮かべ、紫水晶の目を伏せる。

「ついにと言うか、ようやくと言うべきか。香薬師とは、その程度の観察眼がなくとも務まるものなのか?」

「そん、な。だって」

ティアの手から力が抜け、スルリとフィリスの右手が離れた。
彼はその手を帽子にもっていくと無造作に取り去る。納まるようにまとめてあった長い髪が落ち、その弾みで括り紐が解けた。
たったいままで狭いところに押し込められていたとは思えない、真っ直ぐに流れる髪がフィリスの背を覆う。

「本当にフィリス様? え? でも姫様……。フィルは男の子よね?」

混乱するティアの向こう側に、フィリスは肩を竦めながら声をかけた。
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