偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「そうじゃないです。こんなに立派な服をあたしが着る理由が分りません」
「ラルド様のご指示です。これを着ないと、あなたはその格好で晩餐に出なければいけないのですよ?」
「……これで給仕をするんですか?」
それは困る。恥ずかしすぎる。だからといって、あんな豪華な衣裳ですることでもない。
どちらも選択できずに悩むティアを見て、シーラが深いため息を吐いた。
「なにを言っているのですか。ティアは給仕される方です。ほら、時間がありませんよ」
急かされたティアは、結局袖を通すのも恐る恐るしなければならないほど高価な服を選ぶ。
しかし、彼女の動きをぎこちなくさせたのはそれだけではなかった。
シーラが丁寧に濃紺の髪を梳る。触れられた瞬間、ビクッと肩を跳ねさせたティアだったが、脳裏に先日のフィリスの言葉が蘇った。
本当に迷信なのだろうか。フィリスが嘘を吐いたとも思えない。
だが、自分を十年余りもの期間に渡り縛っていたものを、簡単には覆すことができずにいた。
もやもやと思案に耽っている間に彼女の髪は、どうやったのかわからないほど複雑な形に結われ、煌びやかな宝石の付いた髪飾りで彩られる。
磨かれて色艶を増した肌には、生まれて初めての化粧が施された。
「なに……。どうしてこんな?」
ティアは鏡に映る自分を見て絶句する。右左を交互に見て、正面にいたっては身を乗り出して鏡台を覗き込んだ。
「……ラさ、ま」
不意に懐かしい名が聞こえたような気がして、ティアが椅子の上から振り仰ぐ。
「シーラさん……?」
「ああ、なんでもないのよ。ごめんなさいね。あんまりティアが可愛く変身したものだからびっくりしちゃって」
慌てて目もとを拭う。
「これなら、ラルド様もきっとお喜びにならるわ。先触れもなしにいきなりお帰りになったと思えば、無茶苦茶なことを仰るのだもの。あちらでなにか変わったことがあったら、すぐに早馬を出すようにドーラに伝えておいたのに、今回も間に合わなかったようね」
ドーラというは、やれやれと肩を竦めたシーラの娘だ。
王都で暮らすヘルゼント伯爵父子の世話を、老齢に差しかかった母の代わりにしている。いずれはシーラの跡を継いで、ヘルゼント家の侍女頭になるだろう。
「本当に、早くご結婚なさってくださらないのかしら? お相手がみつからないというわけではないでしょうに。これでは、いつまで経っても旦那様がごゆっくりなされないわ」
ここぞとばかりにシーラが、日頃胸に貯め込んでいたらしい愚痴をぶちまける。
「ラルド様のご指示です。これを着ないと、あなたはその格好で晩餐に出なければいけないのですよ?」
「……これで給仕をするんですか?」
それは困る。恥ずかしすぎる。だからといって、あんな豪華な衣裳ですることでもない。
どちらも選択できずに悩むティアを見て、シーラが深いため息を吐いた。
「なにを言っているのですか。ティアは給仕される方です。ほら、時間がありませんよ」
急かされたティアは、結局袖を通すのも恐る恐るしなければならないほど高価な服を選ぶ。
しかし、彼女の動きをぎこちなくさせたのはそれだけではなかった。
シーラが丁寧に濃紺の髪を梳る。触れられた瞬間、ビクッと肩を跳ねさせたティアだったが、脳裏に先日のフィリスの言葉が蘇った。
本当に迷信なのだろうか。フィリスが嘘を吐いたとも思えない。
だが、自分を十年余りもの期間に渡り縛っていたものを、簡単には覆すことができずにいた。
もやもやと思案に耽っている間に彼女の髪は、どうやったのかわからないほど複雑な形に結われ、煌びやかな宝石の付いた髪飾りで彩られる。
磨かれて色艶を増した肌には、生まれて初めての化粧が施された。
「なに……。どうしてこんな?」
ティアは鏡に映る自分を見て絶句する。右左を交互に見て、正面にいたっては身を乗り出して鏡台を覗き込んだ。
「……ラさ、ま」
不意に懐かしい名が聞こえたような気がして、ティアが椅子の上から振り仰ぐ。
「シーラさん……?」
「ああ、なんでもないのよ。ごめんなさいね。あんまりティアが可愛く変身したものだからびっくりしちゃって」
慌てて目もとを拭う。
「これなら、ラルド様もきっとお喜びにならるわ。先触れもなしにいきなりお帰りになったと思えば、無茶苦茶なことを仰るのだもの。あちらでなにか変わったことがあったら、すぐに早馬を出すようにドーラに伝えておいたのに、今回も間に合わなかったようね」
ドーラというは、やれやれと肩を竦めたシーラの娘だ。
王都で暮らすヘルゼント伯爵父子の世話を、老齢に差しかかった母の代わりにしている。いずれはシーラの跡を継いで、ヘルゼント家の侍女頭になるだろう。
「本当に、早くご結婚なさってくださらないのかしら? お相手がみつからないというわけではないでしょうに。これでは、いつまで経っても旦那様がごゆっくりなされないわ」
ここぞとばかりにシーラが、日頃胸に貯め込んでいたらしい愚痴をぶちまける。