偽りの姫は安らかな眠りを所望する
「そこで、名香薬師だったマールの孫であるティアに、フィリス姫の治療をお願いしたいと思ったんだけど、どうかな」

ラルドの口から出た祖母の名に、乗り出していた身を引き背中を丸くする。
たしかにいま、自分は姫を救うための処方を考えていた。だが、頭で考えるのと実際に行うのとでは、伴う責任が全く異なってくる。
ティアはまだ半人前で、当然ながらマールのようにはいかない。そんな大役は荷が勝ちすぎる。

「眠れないって辛いよね。かわいそうだよね」

ぼそりとラルドが零した呟きが、ティアの胸に突き刺さる。顔も知らない病弱な姫が、独り苦しんでいる姿が脳裏に浮かんだ。

「それにもし姫が死んじゃったら、たぶん僕たち家族もこの世にはいられないんだろうね。そうしたら、寂しいけどさよならだよ、ティア」

ティアが、顔を伏せ目頭を押さえるラルドは卑怯だ、とばかりに恨めしげに睨め上げた。
だが、彼には全く効果がなかったようだ。整った顔に浮かぶ憂いの色を一段と濃くしていく。

「はぁ。ティアが困っている人を見捨てるなんて、もしマールが知ったらなんて思うかなぁ」

またもや尊敬する祖母の名を出され、うっとティアは息を詰まらせた。

彼女なら、どんな身分の人だろうと、困っている人を決して見捨てたりはしないだろう。
その姿を間近でみてきたティアは、祖母のようになりたいと思って懸命に学んできたのだ。

ならば、もしここで固辞してしまったら、いままで学んできたことの意味がなくなってしまう。
棚に並んだ瓶を見渡し、小屋に満ちたカモミールの香りを胸一杯に吸い込んでから、ラルドの青い瞳を真っ直ぐに見つめる。

「あたしでお役に立てるのかは、正直を言ってしまえば自信がありません。でも、できる限りのことをさせていただきます。いいえ! 姫様のためにも、あたしにさせてください」

若干、ラルドに誘導された感も否めないが、とうとうティアは了承してしまったのだった。
< 6 / 198 >

この作品をシェア

pagetop